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TOSSランドNo: 7241735 更新:2013年01月01日

エルトゥールル号遭難事故とノルマントン号事件を通して日本の外交関係を考える


発問1:

1886年。和歌山県熊野灘で沈没した船があります。何という船ですか。

ノルマントン号。

説明1:

イギリス人、ドイツ人、日本人などが乗っていました。

発問2:

船長は、イギリス人でした。乗客はどうなったと思いますか。

説明2:

イギリス人やドイツ人はほぼ全員助かり、日本人は全員亡くなってしまいます。
船長は、白人だけを救出し、日本人や他のアジアの人たちは見殺しにしたと言われています。

指示1:

感想をどうぞ。

説明3:

この事件に対して、日本は裁判をおこします。
しかし船長以外の者は無罪。
船長でさえもとても軽い刑だったのです。

発問3:

この判決についてどう思いますか。

発問4:

どうしてこのような結果になったのでしょうか。

不平等条約

説明4:

当時、イギリスと日本との間には不平等条約が結ばれ、イギリス側に領事裁判権があるため日本の法律で裁くことができなかったのです。

説明5:

1985年イラン・イラク戦争です。
イラクのサダム・フセインが「今から四十八時間後にイランの上空を飛ぶすべての飛行機を撃ち落とす。」と宣言しました。

説明6:

イランにいた日本人たちは、脱出を試みます。
しかし、飛行機はどこも満席。
日本の航空会社や自衛隊からの救援もかないませんでした。

発問5:

イランにいた日本人たちはどうなったと思いますか。

説明7:

そこに到着したのはトルコの飛行機でした。

発問6:

どうして、トルコは日本人を助けたのでしょうか。

説明8:

1890年和歌山県串本沖で、トルコ軍艦エルトゥールル号が遭難しました。
海に投げ出された乗組員たちは、樫野崎灯台のふもとにたどりつき住民に助けを求めます。

発問7:

当時、和歌山の人たちはトルコ人だけでなく、外国人を見るのは初めてでした。
住民たちはどうしたと思いますか。

助けた。

説明9:

串本の人たちは必死になってトルコ人たちを助け、彼らの冷えた体を自分たちも裸になって温めました。
また、命を取り留めた乗組員たちに、自分たちの生活も苦しいのにもかかわらず、食料を分け与えました。
こうして69名のトルコ人の命が助かったのです。亡くなった人たちは手厚く葬られました。

説明10:

イラン・イラク戦争当時のイランにいたトルコ大使館のビルレル大使は
次のように言っています。

「トルコ人ならだれもがエルトゥールル号の遭難の際にに受けた恩義を知っています。
 御恩返しをさせていただきましょう。」

説明11:

2010年。トルコにおける日本年になっています。
エルトゥールル号遭難事件から120年たった今も、日本とトルコは友好を深めています。

指示2:

ノルマントン号とエルトゥールル号。
同じころ和歌山県沖でおきた事故です。
感想を書きましょう。

説明12:

ノルマントン号事件のときの不平等条約について、
さらに学習していきましょう。


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