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TOSSランドNo: 2210402 更新:2013年01月01日

愛と恋を道徳で授業する


 中学生の担任になると、毎年、質問されることがあります。
 「愛って何ですか。」 「愛と恋って、どこが違うんですか。」
 この質問に、どう答えますか。
 私は、道徳の授業で答えてあげることにしています。初めて授業したのは、4年前でした。
 以下に、その授業について報告します。

 初めに、次の発問をしました。(名前は仮名)

発問1:

愛と恋とは、どこが違いますか。

 いきなり、核心をつく発問です。
 これは、ほとんどの生徒は答えられません。(まだ、授業してないのですから。)
 しかし、中には、こういう発問に食いついてきてくれる生徒がいるのです。
 大抵は、男子生徒です。そういう生徒が貴重なのです。

 3年○組でも、しっかり答えてくれた人がいます。
 まず、井上くんが答えを書いてきました。
 井上くんのプリントには、次のように書いてありました。

   恋はするもの、愛はつくるもの。

 素晴らしいです。花丸をつけました。
 聞いたところによると、以前、加藤くんと2人の会話で、そういう話になり、2人で作った格言
だということでした。
 加藤くんのプリントにも、花丸をつけました。
 なんと、女子も書いて持ってきました。嬉しいことです。
 佐藤さんと山田さんの2人が、話し合って、持ってきたようでした。

   愛は愛情で、恋は恋愛。

 これもかわいらしい答えです。二重丸をつけました。
 2つの違いが分からない人は、どちらか一つでも良いと言うことを言いました。
 そしたら、齋藤さんが持ってきました。

   恋は人を好きになること。

 これも、二重丸をあげました。後で見たプリントには、星野さんも

   恋は、相手を想うこと。

と、書いてありました。これも良いですね。
 圧巻だったのは、沢田くんです。沢田くんは、2つ答えてくれました。

   恋はすぐ冷めるが、愛は冷めない。
   愛さえあれば生きていけるが、恋では無理。

 これも、花丸をつけました。
 
 さて、これらの人に発表してもらった後、これを褒めました。
 発表を聞きながら、恥ずかしそうな顔をしている人もいれば、感心したような顔をしている人も
いました。結構盛り上がりました。
 そして、「今日は、恋と愛について、授業をします」と、言いました。
 その後、同じような発問ですが、次の発問をしました。

発問2:

恋とは、何ですか。

 同じような発問でしたが、頑張って答えてくれた人がいます。以下に紹介します。

 ・恋はハシカみたいなもので、誰もが経験するが、時が経てば治る。(沢田くん)
 ・恋とは、人が異性(同姓)に対して、恋愛の感情を抱くもの。(山口くん)
 ・恋とは、せつない気持ち。(木村くん)
 
 さすが中学3年生です。恋について、自分なりに考え、うまく言葉に表しています。
 それを褒め、私のもっている恋の解釈を話しました。
 日本に昔から伝わる、恋のとらえ方です。 
 恋とはなんでしょうか。
 仏教がその底辺にあるのだとは思いますが、日本で古くから言われている恋の捉え方を、説明しました。
 要旨は、以下の通りです。

説明1:

 皆さんが生まれる前、命は、一つの塊の中にありました。
 大きな太陽のようなものです。
 その光る塊の中から、命の玉が生まれ、それがある時期になると流れ星のように、光る塊から離れ、地上のお母さんの身体の中に入るのです。
 その時に秘密があるのです。
 大きな塊から生まれた命の玉には、2つの命がくっついた形で入っているのです。その2つの命は、男の子と女の子が組み合わさって
入っています。
 そして、地上に降りる時には、別々に降りていくのです。
 しかも、同時とは限りません。時間差がある場合もあるのです。
  
 生を受けてしばらくは、かつて2人で1人だったことなど忘れています。
 そして、ある時期が来ると、記憶のスイッチがONになるのです。
 こうなると、人はかつて1つに組み合わさっていたもう1人の命を求めるようになります。かつて一緒だった人を乞うようになるのです。
 人を乞うようになるから、これを「恋」と呼びます。
 だから、男の子はかつて一緒だった人の面影を求めて、女の子を好きになり、女の子は逆に男の子を好きになるのです。
 そして、この「恋」に目覚める時期のことを、思春期と呼びます。

 昔、この世に生を受ける前、一緒だった人に出会える人は幸せです。
 一生会えない人だっているのです。むしろ、そういう人の方が多いかもしれません。
 君たちが、いつかそういう人に出会えることを、祈っています。

 生徒は、良い表情でじっと聞いていました。
 恋とはつまり、「一番自分にぴったり合う相手を求め、乞う状態のこと」と言えると思います。
 では、愛とは何でしょうか。
 これについても、生徒に聞いてみました。 

発問3:

愛とは、何ですか。

 これに答えてくれたのは、沢田くんただ一人でした。
 沢田くんは、この時間、大活躍してくれました。
 沢田くんの答えを、以下に紹介します。

  愛とは、男と女が長い年月をかけて、作り上げていく共同作品。
  男と女が互いの恋を長い年月をかけて1つの恋にしたものを、愛という。

 素晴らしいですね。
 これも花丸をあげたいところです。なかなか、このようにまとめることはできません。
 これを発表してもらいましたが、他には出なかったので、次の発問をしました。

発問4:

キリスト教の世界では、愛を4つに分けています。
さて、その4つとは、どんな愛でしょうか。

 生徒から出た愛は、次の3通りです。

  ・家族愛  ・動物への愛  ・異性への愛  ・師弟愛  ・同性への愛
                                   
  ・家族愛  ・同性への愛  ・異性への愛  ・地球の愛
                                   
  ・家族愛  ・友達への愛 

 よく見つけられました。
 ほとんど全て出たと言っても良いくらいです。
 ここに出た愛だけを見ても、愛とは、異性に対するものだけではないことが分かります。そこが、愛と恋の大きく違うところです。
 1つだけ出ていない愛があります。大木くんの地球の愛が、これに一番近いのです。これは、誰からも出ませんでした。

 愛は以下の4つに分けられます。(キリスト教での分け方を参考にしました。)
 次のように説明しました。
 

説明2:

  愛は4つに分けることができます。
  1つは、家族の愛です。これを、スルトゲーと言います。
  2つは、友情です。友達への愛です。これを、フィリアと言います。
  3つは、異性への愛です。これをエロスと言います。恋人や、夫婦の愛は、エロスというのです。
  そして、最後の1つ。神聖なる愛があります。神の愛です。これを、アガペーと言います。

  「スルトゲー・フィリア・エロス」と「アガペー」は、大きく違うのです。
  前者は、見返りを求める愛です。自分の愛に対する愛を求めます。
  しかし、アガペーは見返りを求めない愛です。与え続ける愛なのです。

 このように、愛は4つに分けることができます。
 一番神聖な愛は、アガペーです。
 これは、母親の愛であるとも言われています。
 何もできない状態で生まれた赤ちゃんに、献身的に昼夜の区別なく、愛を与え続ける姿は、神の愛に等しいと言われるからです。
 
 さて、愛を4つに分けることができることを説明した後、次の資料を配付し、読み聞かせました。
 犬養道子氏の「人間の大地」(中央公論社)からのエピソードです。
 以下に紹介します。

 「ほぼ7万人(1979年12月19日の人数)収容のカオイダンのキャンプ第一セクション内の病者テント内に、ひとりの子がいた。ひとりぽっち。親は死んだか、殺されたか、はぐれたか。兄弟姉 妹はいたのか死んだのか。一言も口にせず空をみつめたままの子。衰弱し切ったからだは熱帯性悪 病の菌にとっての絶好の獲物であったから、その子は病気をいくつも持っていた。
 国際赤十字の医師団は、打てるだけの手を打ったのち、匙を投げた。「衰弱して死んでゆくしかのこっていない。可哀想に・・・」。子は薬も、流動食も、てんで受け付けなかったのである。
 幼ごころに「これ以上生きて何になる」の、絶望を深く感じていたのだろう。

 ピーターと呼ばれる、アメリカのヴォランティア青年が、その子のテントで働いていた。医者が匙を投げたそのときから、このピーターが子を抱いて坐った。特別の許可を得て(ヴォランティアは夕方五時半にキャンプを出る規則)夜も抱きつづけた。子の頬を撫で、接吻し、耳もとで子守歌を歌い、二日二晩、ピーターは用に立つまも惜しみ、全身を蚊に刺されても動かず、子を抱きつづけた。
 
 三日目に・・・・反応が出た。ピーターの眼をじっと見て、その子が笑った。
 「自分を愛してくれる人がいた。自分をだいじに思ってくれる人がいた。自分はだれにとってもどうでもいい存在ではなかった・・・・」。
 この意識と認識が、無表情の石のごとくに閉ざされていた子の顔と心を開かせた。
 ピーターは泣いた。よろこびと感謝のあまりに、泣きつつ勇気づけられて、食べ物と薬を子の口に持っていった。子は食べた!。絶望が希望に取って代わられたとき、子は食べた。薬も飲んだ。そして子は生きたのである。

 回復が確実なものとなった朝、私はセクション主任と一緒にその子を見に行った。
 「愛は食に優る。愛は薬に優る」主任は子を撫でつつ深い声で言った。
 「愛こそは最上の薬なのだ、食なのだ・・・・この人々の求めるものはそれなのだ・・・・。」
 朝まだき、とうに四十度に暑気が達し、山のかなたからは銃声が聞こえ、土埃のもうもうと吹きまくっていたカオイダンのあのときを、私は生涯忘れることがないだろう。

 まさに、神の愛がそこにあります。
 そして、アガペーの偉大な力を、感じます。
 このような愛を与えることのできる人間になりたいなあ・・・と、強く思います。

 恋には恋の素晴らしさがあります。たくさんの恋をする人もいれば、身を焦がすようなたった1つの恋をする人もいるでしょう。その過程で、人は優しくなれるし、多くを学びます。みなさんが、素敵な恋を体験できることを、祈っています。
 恋をして、エロスからアガペーに変わるような愛を育てられたなら、素晴らしいですね。愛情豊かな人生を送って下さい。

 キリスト教の世界では、古くから「愛」の尊さを説いてきました。
 日本に古くからある考え方の中には、「愛」の概念はなかったようです。
 源氏物語の中では、「愛」にあたる言葉は、「おもひ」として登場します。それは、「憎しみ」の対義語として、位置づけられていたようです。
 やがて仏教を通して、愛の概念が入ってきますが、仏教ではまた捉え方が複雑です。単純に言えば、自分の中に向ける愛と、
外へ向ける愛に分けて考えているようです。
 外に向ける愛、御仏の愛の姿を、「慈悲」と呼びます。
 キリスト教の「アガペー」にあたるものであると考えます。
 
 古今東西、人間は、「見返りを求めず相手を大切に思う心」を、尊いものとして追い求めてきました。
 これからの日本が、慈悲やアガペーに満ちあふれた国になることを祈ります。


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