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TOSSランドNo: 2210366 更新:2012年12月31日

お父さんのお手紙


授業シートと「WEBワーク」(下)を使えば、完全追試が可能です。

説明1:

 あるお父さんが自分の娘さんに書いたお手紙です。(画面1)
    『素子(もとこ)、素子は私の顔をよく見て笑ひましたよ。私の腕の中で眠りもしたし、またお風呂に入ったこともありました。』

発問1:

 (手紙を書いたときの)お父さんは何歳だと思いますか。

25歳です。若いお父さんですね。

説明2:

お手紙の続きです。(画面2)
    『素子といふ名前は私がつけたのです。素直な心のやさしい、思ひやりの深い人になるやうにと思つて、お父様が考へたの
    です。 』

発問2:

 素子さんは、何歳だったと思いますか。

0歳です。これはお父さんが生後3ヶ月の赤ちゃんに書いたお手紙なのです。

説明3:

『私はお前が大きくなつて、立派な花嫁さんになつて、仕合せになつたのをみとどけたいのですが、若しお前が私を見知らぬ
 まゝ死んでしまつても決して悲しんではなりません。』(画面3)

発問3:

 お父さんには生きる時間が少ししか残されていませんでした。どのくらいだったと思いますか。

数時間。お父さんは後数時間しか生きられないことを知っていてこのお手紙を書いたのです。

説明4:

『お前が大きくなつて、父に会いたい時は九段へいらつしやい。そして心に深く念ずれば、必ずお父様のお顔がお前の心の
 中に浮びますよ。』(画面4)
 九段と言うのは、東京の九段町にある靖国神社のことです。(画面5)

発問4:

 お父さんのお仕事は何だったのですか。

説明5:

お父さんのお仕事は、爆弾を積んだ飛行機に乗ってアメリカの軍艦に体当たりすることでした。お父さんのお仕事は、
生きて帰ることができないお仕事だったのです。お父さんたちは、愛する家族や日本の国を守るために、命をかけて戦ってい
たのです。(画面6)

説明6:

 『私に万一のことがあっても、けっして親なし児などと思ってはなりません。父は常に素子の身辺を護つて居ります。~人に
  なつて下さい。お前が大きくなつて私の事を考へ始めた時に、この便りを讃んで貰ひなさい。』(画面7) 

発問5:

お父さんはどんな人になって下さいと書いたのでしょうか。

優しくて人に可愛がられる人になってください。(画面8) 

説明7:

『追伸、素子が生まれた時おもちやにしてゐた人形は、お父さんが頂いて自分の飛行機にお守りにして居ります。だから
素子はお父さんと一緒にゐたわけです。素子が知らずにゐると困りますから教へて上げます。』(画面9)

発問6:

どんなお父さんですか。

説明8:

お父さんの名前は植村眞久(うえむら まさひさ)さんと言います。東京都出身。立教大学卒業。25歳。昭和19年10月26日。
「第一神風特別攻撃隊大和隊」スリガオ諸島付近にて戦死。お父さんは亡くなる数時間前にこのお手紙を書いたのです。
 お父さんのお手紙は、お父さんのお墓の横に刻まれています。(画面10)

説明9:

お父さんが亡くなって22年後、素子さんはお父さんと同じ立教大学を卒業されました。素子さんは、靖国神社に奉られている
お父さんにご自分の成長を報告し、たくさんの人たちの見守るなかで、日本舞踊を舞いました。(画面11)

発問7:

友達から花束を受け取った素子さんは、~な気持ちで嬉しいと話したそうです。どんな気持ちで嬉しいと話したのでしょうか。

 お父様との約束を果たせたような気持ちで嬉しい。

説明10:

お父さんとの約束は、「優しくて人に可愛がられる人になってください。」でした。

指示1:

授業の感想を書いてごらんなさい。

『愛児への便り』  植村眞久 1919(大正8)~1944.10.26(昭和19)
 素子、素子は私の顔をよく見て笑ひましたよ。私の腕の中で眠りもしたし、またお風呂に入つたこともありました。素子が大きくなつて私のことが知りたい時は、お前のお母さん、住代伯母様に私の事をよくお聴きなさい。私の写真帳も、お前の為に家に残してあります。
 素子といふ名前は私がつけたのです。素直な心のやさしい、思ひやりの深い人になるやうにと思つて、お父様が考へたのです。私はお前が大きくなつて、立派な花嫁さんになつて、仕合せになつたのをみとどけたいのですが、若しお前が私を見知らぬまゝ死んでしまつても決して悲しんではなりません。
 お前が大きくなつて、父に会いたい時は九段へいらつしやい。そして心に深く念ずれぱ、必ずお父様のお顔がお前の心の中に浮びますよ。父はお前は幸福ものと思びます。生まれながらにして父に生きうつしだし、他の人々も素子ちやんを見ると真久さんに会つてゐる様な気がするとよく申されてゐた。またお前の伯父様、伯母様は、お前を唯一つの希望にしてお前を可愛がつて下さるし、お母さんも亦、御自分の全生涯をかけて只々素子の幸福をのみ念じて生き抜いて下さるのです。必ず私に万一のことがあつても親なし児などと思つてはなりません。父は常に素子の身辺を護つて居ります。優しくて人に可愛がられる人になつて下さい。お前が大きくなつて私の事を考へ始めた時に、この便りを讃んで貰びなさい。
昭和十九年○月吉日父 植村素子ヘ
追伸、
 素子が生まれた時おもちやにしてゐた人形は、お父さんが頂いて自分の飛行機にお守りにして居ります。だから素子はお父さんと一緒にゐたわけです。素子が知らずにゐると困りますから教へて上げます。    <昭和三十五年八月ゝ十月靖國神社社頭掲示>


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