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TOSSランドNo: 1143164 更新:2012年11月29日

黒船に乗ったアメリカ人の欲しかったものは?


法則化シリーズ/社会/黒船来航

黒船に乗ったアメリカ人の欲しかったものは?

             福島法則化アンバランス TOSS会津 薄井 健文

これは佐山幸太郎氏の実践「黒船に乗ったアメリカ人の欲しかったものは?」の紹介である。

出典 : 第5期教育技術の法則化 45 続々プロ教師の基礎技術ー小学6年 

小単元「たおれる江戸幕府」における、黒船来航の授業を以下に示す。
前半は、基本的事項の確認である。後半は、黒船来航の目的を考えさせる本時の山場である。

プリントAは、前時に配布。全文読ませ、難解な語句説明をしておいた。
黒板に板書。

黒船がきた。
  ①いつ    ②どこの国から  ③日本のどこに  
  ④なんせき  ⑤だれが代表   ⑥何の目的

指示1:

黒船は、いつ、どこの国から、日本のどこに、なんせき、
だれを代表にして、何の目的できたのか調べなさい。

教科書、資料集、プリントAを使って調べさせた。
指名し、調べたことを発表させる。
 
①から⑤は、特に問題はない。

⑥では、「開国させるため」「通商を求めて来た」「鎖国をやめさせるため」
「貿易をはじめさせるため」と言った答えが返ってくる。

いずれも、教科書や資料集の文章そのままである。
ここでは、その程度でよい。
子どもの思考が、以上のように安定していたほうが、後半に盛り上がる。

指示2:

当時の人々の様子、幕府の様子をノートに箇条書きにしなさい。

プリントAの資料1,2,3より次のようなものが出された。
 人々・・・きもをつぶした。こわごわ見に行った。逃げ出した。もうける人がいた。
 幕府・・・あわをくった。ないものづくしだった。

説明1:

結局、幕府は1853年には返事をせず、翌年に延ばしました。
1854年に日米和親条約を結び、開国の要求に応じました。

発問1:

ペリーをはじめとするアメリカ人は、いったい何が欲しくて、開国や通商をせまったと思いますか。

次の予想が出された。 
  ・日本にしかないもの(22) ・馬(5) ・米(5) ・着物(13) ・日本人(4) 
  ・蒸気船の燃料〔石炭や石油〕(15) ・香辛料(5) ・金〔きん〕(11) ・まき(12)
  ・生糸(12) ・茶(8) ・日本の土地(2) 
なかには
  ・浮世絵(7) ・歌舞伎の衣装(2) ・越後屋の番がさ(1)
  なども出された。
 これだと思うものに挙手させた。結果は( )内、重複解答あり。

指示3:

アメリカ人の欲しかったものを調べなさい。何を見てもよいです。
ヒントは、日米和親条約の内容を調べることです。

「まき・石炭・水・食料」が出された。(学習辞典・学習マンガから調べた。)
 「あれ?なんで”水”なんか・・・!?」とつぶやく声があがった。
 そこで問う。
 「水は日本にしかないものですか?まきや石炭、食料も日本にしかないものですか?」
 子どもたちは、水、まき、石炭、食料が貿易品ではなく、船旅に必要なものであることに気づく。

 プリントBを配布。
 資料4を読む。
 開国当初、日本は貿易の対象としてより、燃料・食料の補給地としての要素が強かったことを
説明して授業を終わる。

 佐々木俊幸氏の実践(教育技術の法則化7 「黒船来航の目的は何か」)と
『たのしくわかる社会科6年の授業』(あゆみ出版)を修正・追試した。
 最後に、授業後の感想(ノート)を挙げておく。

はじめは、お米かなーと思いました。だけど本当の答えは、「アメリカ人が
日本によったとき、食料をあげるように」と約束したので、少しがっかりしまし
た。だって大砲まで持ってきたもんだから、もーっとすごいものを貿易すると
思ったのに・・・。(亜矢子)

 私は、今日の勉強をして、こう思いました。まき・水・石炭・食料など、いろ
いろ欲しいと要求し、ちょっと図々しいと思いました。石炭やまきなんかは、
自分たちで用意できるんじゃないかなあと思いました。
 なんか、日本が損しているような気がしました。(由希子)

プリントA 
    資料1 黒船
 1953年6月、霧のふかい日のことでした。しだいに霧がうすれていく江戸湾(東京湾)の入り口、浦賀の沖に、黒ぬりの大きな船が4せき、いかりをおろしていました。みれば、甲板には、大砲がにぶい光をはなっています。このあたりの漁師たちは、きもをつぶしました。今まで見たこともない、おそろしげな船でした。異国の軍艦にまちがいありません。みさきのはなまで、こわごわ見に行くものもあれば、家財道具を大八車につんで、逃げ出すものもいました。知らせが江戸にとどくと、戦争が始まるかもしれないと大騒ぎになりました。武具屋の店先のよろい、かぶとの値段がはね上がりました。武士達はあわてました。長い間戦争がなかったので、よろい、かぶとを売り払ってしまった武士達がたくさんいたのです。しかし、なんといっても、一番あわをくったのは、幕府でした。
 (『あかるい社会2』岩崎書店)

    資料2 当時の狂歌
 太平の眠りをさます上喜撰たった四はいで夜もねられず
 (上喜撰<上茶の名>は、蒸気船をもじったもの)
 あめりかの米より喰ぬ国なれど日本人はあわをくふなり
 (粟を食うで泡を食うの意味をかけている。)

    資料3 黒船来航による幕府や民衆のようす
 (前略)時の幕府の内情にないもの尽し、一、御規則を破りたくない。二、御威光をおとしたくない。三、老中に外国人と応待するものがいない。四、軍備が足りない。五、外国と戦う勇気がない。六、御体制を失いたくない。七、老中の決心がつかない。・・・・車力・船宿は立退きのために、雇い上げ、貸し切りにして思いがけなぬ銭もうけ。近在へ人を走らせて農家の座敷を借り、立退き先にあてるため、農家の座敷代日増しにせり上がり、米その他食料は何品に限らずただ上がる一方にて・・・(後略)。

プリントB
    資料4 アメリカ大統領の日本皇帝への手紙
 「わが国の船で毎年カリフォルニアから中国へ行くものが多くなり、また、日本の近くで捕鯨にしたがうものも大そう多い。難破したときは保護してほしい。私たちは、日本には石炭と食料が豊富にあることを知っている。わが国の船が日本に寄って石炭、食料、水の供給を受けることを許し、そのため港をして欲しい」
 (『ペルリ提督日本遠征記』)


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