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TOSSランドNo: 1270071 更新:2012年11月30日

最後の授業「わすれられないおくりもの」


最後の授業「わすれられないおくりもの」

         実践者:福島法則化アンバランス TOSS会津  薄井 健文

これは小林誠一氏の実践「最後の授業『わすれられないおくりもの』」の紹介である。
出典 : 第12期教育技術の法則化122 6年(1)ー子どもが生き生きと取り組む教育技 

卒業式を2日後にひかえた6年生と、「いのち」や「生き方」について考える最後の授業をおこなう。
 「わすれられないおくりもの」(スーザン・バーレイ著 評論社)を資料として使用する。
 少し長い物語なので、この授業の前の時間の後半20分を使って、読み聞かせをしたあと、コメントをかかせて発表させておいた。
 子どもには、この絵本を縮小コピーして印刷しておいたものを、配っておく。

指示1:

では、「わすれられないおくりもの」をもう一度、ゆっくりと目で読んでいきなさい。
読み終わった人は、プリントを置きます。

教室がしいんとなる。最後の子が読み終わるのを待って、次の発問にうつる。

発問1:

アナグマは、自分の命を終えるとき、しあわせでしたか。しあわせだと思う人は○を、しあわせでなかったと思う人は×を書きなさい。

「しあわせだった」・・・29人   「しあわせでなかった」・・・4人
 少数派の意見から発表させる。
・アナグマは、自分が死んでも、みんなに悲しまないように言っていたのに、みんなが悲しんだから、しあわせではなかった。
・アナグマは、もう一度、みんなと走りたかったのに、走ることができなかったから、しあわせではない。
・アナグマは、後に残していく友達のことが気がかりだったから、しあわせではない。
 対して、「しあわせだった」派は、次のように言う。
・みんなが悲しんでくれるのは、それだけみんなに慕われていたわけだから、しあわせだった。
・みんなにおくりものをしたから、しあわせだった。
・みんなに、いろいろと教えてきたから、しあわせ。
・死ぬ前の夢の中で、自由に走れたから、しあわせだと思う。
・死ぬ前の自由な夢の中で、すっかり自由になったから。
・アナグマは、死ぬことをおそれていないし、心が残るから。
・森のみんなから愛されていて、心だけは、ずっと友達のそばにいられるから。
・友達の心の中に生き続けられるから。
 反論を出させる。
・「みんなが悲しんだから、しあわせではない」というのはおかしい。「いのちを終える時、しあわせだったか」と聞かれているのだから、みんなが悲しんだかどうかは、この時のアナグマにはわからない。
・それなら、「みんなが悲しんでくれから、しあわせ」というのも、おかしい。死ぬ時には、このことはわからないはず。
・「悲しんでくれたからしあわせ」といったのではなくて、みんなが悲しんでくれるほど、みんなに好かれていたから、生きているうちにしあわせだったということを言いたい。
・「もう一度走りたかったのに、走れなかったからしあわせではない」というのも、違う。「友達の楽しそうな様子を見ているうちに、アナグマもしあわせになった」とあるのだから。

発問2:

今、残っている「しあわせではない」派の意見は、「あとに残る友達のことが気がかりだった」という意見だけになりました。アナグマは、このことをどれくらい気にやんでいたかで、意見が変わってきますね。
では、逆に聞いてみます。いのちを終える時、アナグマはふしあわせでしたか。

全員が「ふしあわせでない」という。

ならば、気がかりはあったけれど、しあわせであったと考える方が自然のようですね。

では、なぜしあわせだったかについて、もう少し考えてみます。
 みんなから出された意見を、大きく分けると、3つに分けることができます。
A みんなにおくりものをしたから・みんなにいろいろ教えたから
B 夢の中で自由に走れたから
C 心は生き続けるから
 

発問3:

この中で、1番大切な理由はどれですか。記号を書きなさい。

Aが2人、Bが4人、Cが23人、Cの意見が圧倒的に多い。

発問4:

「心は生き続けるからしあわせだ」という意見が1番多くありました。心が生き続けるのは、みんなにいろいろなことを教えて、おくりものをしてきたからですね。
 では、アナグマは、友達の心に残るために、おくりものをしてきたのですか。そうだと思う人は○を、違うと思う人は×を書きなさい。

○・・・1人   ×・・・32人
 ○の子は、うまく意見が言えない。
・友達の心に残るために教えてきたのではなくて、自分が知っていることをみんなに教えて、役に立とうと思って教えた。
・アナグマは、困っている友達は必ず助けてあげるやさしい心の持ち主だったから、困っている人を放ってはおけなかったのだとおもう。
・友達がしあわせになると、自分もしあわせな気持ちになるから、助け合おうとして教えたのだと思う。
・アナグマは年をとっていて、知らないことを教えたりするぐらいしかできないから、みんなの役に立ちたいと、いろいろ教えたのだと思う。
・心の中に残るために教えたのではなくて、ひとりひとりが何か上手になって、自分が役に立てばと思って教えてきた。
・みんなを助けてあげたくて、教えた。

説明1:

困っている友達を助けてるというのが、アナグマの自然な生き方だったと言えます。そうすることで、アナグマ自身も、しあわせになったのですね。

相田みつをさんが、人生について、こんな詩を残しています。

この世は
 わたしが
 わたしになる
 ところ
 あなたが
 あなたに
 なるところ
   みつを

出典:「にんげんだもの」  著作者 相田みつを  文化出版局 

この詩を拡大コピーしたものをはり、みんなで読む。よく意味が分からないと言う顔も見られる。

発問5:

「わたしがわたしになる」・・・あたりまえのようでよくわからないような感じですね。この、はじめの「わたし」とあとの「わたし」は、違う「わたし」なのです。どのように違いますか。考えを書きなさい。

・はじめの「わたし」は、今の自分で、あとの「わたし」は、自分が思っている自分の姿だと思う。
・あとの「わたし」は、理想の自分なのだと思う。
・あとの「わたし」は、今の自分よりも、より高まった自分のことだ。
・「わたしがわたしになる」というのは、今の自分が、ねうちのある自分になることだと思う。
・あとの「わたし」は、これからやりたいことや、気をつけたいことを身につけた自分のことだと思う。
 ・・・などのような意見が出される。

あとの「わたし」は、みんなが考えたように「よりすばらしい自分」という意味もあるでしょうし、もう一つは、「より自分らしい自分」という意味もあるのだと思います。
 アナグマは、自分らしい生き方をして、その結果、まわりの友達も、しあわせで豊かな気分になったのです。
 そんな生き方って、本当にすばらしいですね。
 あなぐまのような「自分」になるために、この世は、このいのちは、あるのだと、相田さんはいっているように思えるのです・・・。


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