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TOSSランドNo: 6954578 更新:2012年12月30日

元寇「モンゴル帝国と北条時宗」


ジンギスカンのたれを提示する。

発問1:

何に使うたれでしょうか。

ジンギスカンの様子を写真で提示する。

発問2:

何のお肉でしょうか。

羊の肉である。ジンギスカンは中国語読みである。モンゴル語ではチンギスハンという。

発問3:

チンギスハンはモンゴル民族の英雄の名前です。どうして、この料理の名前になっているのですか?

諸説あるが、羊の肉を食べる習慣はモンゴルから伝わった。日本に伝わったときモンゴル民族を統一した英雄の名前を付けたと言われている。

発問4:

ジンギスカン鍋は変わった形をしています。これは元々鍋ではなくあるものを使っていたからなのですが、元々は鍋ではなく何を使って肉を焼いたのでしょうか。

これも諸説あるが、モンゴルの兵隊の兜だと言われている。遠くへ戦いに出るときは荷物が少ないほうがいい。兵がたき火の中に、自分の鉄製の兜を入れて、連れて行った羊を料理して食べていたらしい。

発問5:

ではチンギスハン指導の下、モンゴル兵どのくらい遠くまで戦いに出たのでしょうか。

ここで、地図を提示する。西はヨーロッパまで行き、戦っている。このモンゴル帝国はチンギスハンの死後、孫たちが四つの地域に分かれて支配するようになる。その中の一つが元である。

指示1:

元から日本へ手紙が届きました。送ったのはこの人、チンギスハンの孫、フビライハンです。手紙の内容を読みなさい。

発問6:

当時の日本の鎌倉幕府の執権は、この人、北条時宗です。この手紙に対して時宗はどのような態度をとったのでしょうか。

三択で考えさせた。①すぐに返事を書いた ②無視した ③手紙を持ってきた使者を切り捨てた
正解は②である。その結果、4万人の軍隊が攻めてきた。対する日本の軍勢は1万人。文永の役である。戦いの様子を読み聞かせた。(向山洋一編渡辺尚人著『小・中学校の「日本史」を20場面で完全理解』PHP文庫85ページから)

発問7:

当時の戦いを表した絵です。モンゴル兵は右ですか?左ですか?

発問8:

どちらが勝ったと思いますか?理由を言える人はいますか?

先ほどの続きを読み聞かせた。

発問9:

そのあと、再び元から使者がきました。時宗はどのような態度をとったでしょうか?

三択で考えさせた。①すぐに返事を書いた ②無視した ③手紙を持ってきた使者を切り捨てた
正解は③である。その結果、14万もの軍勢が攻めてきた。弘安の役である。元も今度は本気である。それに対する日本の軍勢は武士をかき集めて4万だった。
今度は弘安の役の様子を読み聞かせた。

発問10:

使者を切り殺すという時宗の決断は一国の政治を任されている立場として正しかったのでしょうか?

正しいと思うか、正しくないと思うか、自分の意見を発表させる。
当時、高麗が元の属国になったことや時宗の出した指示はただ一つ「前に進め」だけだったこと、主従関係、奉公に対する御恩の少なさなどについて触れる。
最後に時間があれば、教科書を音読させる。


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