TOSSランド

コンテンツ登録数
(2019/02/19 現在)

21596
TOSS子どもランド TOSSオリジナル教材 TOSS動画ランド TOSSメディア TOSS-SNS TOSS公式(オフィシャル)サイト
TOSS子どもランド
TOSSランドアーカイブ
TOSSランドNo: 9998661 更新:2012年12月16日

自然主義文学」と「新感覚派文学」の書き出しを授業する。


D研研究レポート

第3回「『法則化』向山洋一DEEP研究会」課題レポート 1999.01.14(木)

 「自然主義文学」と「新感覚派文学」の書き出しを授業する。

                   伴 一孝(長崎市立小江原小学校)

学級通信「スナイパー」№309(向山洋一著:東京教育技術研究所<03-3787-6564>)に,次の文章がある。

「木曽路はすべて山の中である。」「夜明け前」島崎藤村「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」「雪国」川端康成例えばこの二つの文の文体のちがい,視点のちがい,そして自然主義文学と新感覚派文学との対比などを授業してみたいのだ。この二つの文のちがいを見とれる力を育てたいと思う。
 

これを授業するとしたら,どのようにするのか。
 以下に,私が実際に行ってみた授業を示す。

指示1:

 黒板に,文を二つ書くので写しなさい。

次のように板書する。

 木曽路はすべて山の中である。
 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。

子どもたちは,は聞いたことがあると言う。

説明1:

は島崎藤村という文豪の「夜明け前」という小説の書き出しの一文です。
は,川端康成という文豪の「雪国」という小説の書き出しの一文です。     

川端康成は,日本人で初めて“ノーベル文学賞”を受賞した人であることも教えた。

説明2:

今日は,この二つの文の「書き方の違い」について考えてみることにします。

指示2:

書き方,難しい言葉で「文体」と言いますが,との文体の違いについて,自分の考えを書いてごらんなさい。時間は5分間です。

 5分後,机を話し合いの形にさせ,指名無し発表をさせた。
 子どもから出された意見を,以下に示す。

・ の方は,自分が一度見た,または自分が知っていることのようだ。「木曽路はすべて山の中なんですよ」と,一度見たかのように書いている。 でも,の書き方は違う。の方は,自分が知らなかったことが表されているような感じがする。それに,の方にはなかった「動き」がにはある。
・ 島崎藤村は,現実にある所で,ここはどこかと書いている。だが,川端康成は,どこの国境のどこのトンネルか書いていない。
・ は題と離れているが,は題の通り「雪国」と書かれている。
・ はその場の風景が思い浮かばないが,はその場の風景が浮かぶ。
・ はもう全て知っている。はこれから知ろうとしている。
・ 私が注目したのは,の「である」との「であった」である。「~である」ということは,今見たというのではなく,前に見たというのを表しているようである。逆にの「~であった」というのは,見た時のものを表しているように思える。の文はいかにも知り尽くしているようであるが,の文は初めて見たような文になっている。は,自分がいた所のようである。
・ この二つの文は,書き方が違う。なぜかと言うと,まずを考えてみよう。は,題が「夜明け前」だと言うのに,そういう感じがしないのだ。 の方は,「雪国」で,もう最初の方から「雪国に来た」というふうに書いているのだ。は「夜明け前」としては書かれてはなく,は「雪国」として書かれている。
・ このは,場所などの説明をしていると思う。(木曽という所の道は山の中だ・・・というように)また,もう一つのは,話者が入って自らが語っていると思う。(この話者「川端康成」が,トンネルを抜けると雪であった・・・という言葉から)の島崎さんとの川端さんの違いは,話者のいる所,また視点だ。でも,も,話者が中に入っていないとも言えないが,この場合は,話者が入っていないとする。
・ との書き方の違いは,は自分の考えが主張されている文で,は自分が目で見たことがある感じのことが主張されている文である。の文の最後に「である」とある。普通だと「みたいだ」などと書くけれど,この文は「はっきりこうだ」という考えをもっている文である。は,その事が本当にあったというような感じの文である。
・ の文は,「山」が中心みたいだけど,の文は「雪国」が中心みたいだ。の文は山にあることを知っているけど,の文は「であった」とあるので,知らなかったみたいだ。もし知っているなら,「である」とするだろう。
・ は初めの一文から行動で始まっているが,は説明っぽい書き方をしている。は「トンネルを抜ける」だから,車か何かで動いているのだろう。
・ の方は,何となく絵に思いつかない。そして,の方は,とても具体的になっている。
・ は自分が語っているという感じがする書き方だ。は自分が物語の主人公になっている。は絵では描けないけれども,木曽路が山の中にあるということを,作者の島崎さんは語りたいのだと考えられる。もう一つあるのは,は知っていたことを語っているが,は現在知ったということだ。
・ は現在形で,は過去形である。はイマイチその場面のイメージというものが分からないが,は分かる。は行動型ではなく説明型だが,は行動型だ。どっちかと言うと,の方がやわらかい感じがする。は新鮮な感じがする。つまり,は物語が始まるような予感がする。
・ の方はおおまかな説明で始まっているが,の方は細かい説明で始まっている。それは,「ある」と「であった」が証拠である。
・ の方は,誰かに述べているようで,の方は自分の頭の中だけで述べているような文だ。
・ は独り言みたいな書き方で,は人に話している書き方である。
 

指示3:

机を前に向けなさい。
 との違いが,もっとはっきりするように,似たような形の文を作ってみます。まず,と同じような形の文を三つぐらい作ってごらんなさい。

「小江原小学校は山の上にある」「長崎県は日本の西端にある」を例として示した。
 子どもが書いた文を,列指名で次々と発表させた。
 
・ 私の家族はみんなB型である。
・ 北海道は日本の北端にある。
・ 熊本には三井グリーンランドがある。
・ 岩川町には「居酒屋とうちゃん」がある。
・ 私の家は公園の前である。
・ 雲は上にある。
・ 日本は周りを海に囲まれている。
・ 6年1組は36人である。
・ アメリカは自由の国である。
・ 弟は7月7日生まれの7才でスリーセブンである。
・ 地球は太陽系の一部である。
・ 日本は食物が豊富である。
・ 教室は四角である。
・ 人生とは自分で築くものである。
・ 東京は日本の首都である。

指示4:

 今度は,と同じような文を,三つくらい作ってごらんなさい。

「青山の長い坂を上るとそこは小江原であった」「評論文を集中して書いているともう12時であった」を例として示した。
 これも,列指名で発表させた。(起立させ全部出たら座らせる方法もあった)
 
・ バレーの練習に集中しているともう7時だった。
・ 階段を上るとそこは教室だった。
・ 山の中で迷ったら泉田君に出会った。
・ 手を挙げるとタクシーが停まった。
・ 家に帰ると家がなくなっていた。
・ 鉛筆を削っていたらチャイムが鳴ってしまった。
・ 気がつくともうみんなは帰っていた。
・ 坂を下るとそこは学校であった。
・ 階段を上るとそこには猫が座っていた。
・ 朝起きるとそこには母の顔があった。
・ 窓を開けるとそこには海があった。
・ 車に揺られているとそこは熊本だった。
・ 窓を開けると白一色の景色だった。
・ カーテンを開けると雪が降っていた。
・ 山を登ると展望台が見えた。
・ テストを適当に書いていると100点であった。
・ 授業中に寝ているともう夜だった。
・ 高速道路を抜けるとそこは福岡県であった。
・ 階段から落ちると手が折れていた。
・ 背伸びをするとタクシーが停まった。
・ 橋を渡ると目の前に大きな山が見えてきた。
・ いつもの道を歩いていくと学校であった。
・ 道を歩いていると友人がおった。
・ 長崎から北へ行くと佐賀であった。
・ アパートの階段を上ると自分の家があった。
・ 通知表は四コマ漫画であった。(その心は:5が無い)
・ 本当は野球選手が夢であった。
・ 山に迷い穴に落ちると家であった。
・ 朝起きると横にハムスターがいた。

指示5:

例文を作ってみると,さらに分かりやすくなったでしょう。再度,
との文体の違いについて自分の考えを書いてごらんなさい。時間は1分間です。

1分後,列指名で全員に発言させた。主な意見を以下に示す。
 
・ 型は「知っていたこと」のようで,型は「今実際にあったこと」 のようである。
・ は説明している。は質問と結論を書いている。
・ は元々あったことを言っていて,は今の所で考えていることを 言っている。
・ は知っていることを説明している。は自分が実際経験したよう
なことを表している。
 は想像しやすい面があるのだが,はただの説明のようであり,想像しにくいところがある。
 は新鮮でメモしたてのような感じである。
・ 型はその場所に行ったことがある,あるいはそこにいたというこ とで,その場所を知っていたということである。型は初めて行った ということを述べている。
・ は詳しくて様子が分かりやすいが,は多少大雑把で詳しいこと
が分かりにくい。
 は大きな所から見た感じになっているが,は細かく見ている感じになっている。
・ は初めからそこのことを知っていて説明しているような文体(構
成)で,は初めて見た世界,また,今見て驚いているという感じがする。
・ よりの方が具体的に何をしているのか等が分かりやすい。
・ は説明しているようだが,は作者が主人公となっているようで ある。
・ は説明で,が新鮮な感じだ。は,その前にも何か文がある感 じだ。
・ はあまり強調していないが,は強調されているみたいだ。
・ 型は説明だが,型は自分の中のことだ。
・ は自分の記憶の中に残っている。は初めて知ったのだ。
・ 型は「知っていること」を説明していて,型は「今気づいたこ と」を説明している感じだ。
 
 例文を作らせてみることで,このように“視点論”まで出てきた。

説明3:

 やはり小学生でも気づいてきますね。
 多くの人が言っていることの一つが,は大まかな「説明」型であり,は細かな「描写」型であるから,には新鮮な驚きみたいなものを感じるということですね。
 そしてもう一つが,「視点」つまり「話者の見ている位置」が違うということですね。

指示6:

では,改めて,この二つの文の視点の違いを書いてごらんなさい。

 ノートに書かせて,発表させた。
 
・ 型の視点は神のように上から見ている。型の視点は何かの中に 入っている。
・ は話者が動かないで上から見ている。は部分部分を話者自身で 語っている。
・ 型の場合,視点はどこにもないと思われる。なぜかと言うと,こ
れは「説明」だからである。型の場合は,絶対に視点がある。長いトンネルの中のことも「長い」と付けているからである。
・ は大きな所から見ている(例えば,日本の中の長崎県)。は部
分部分をクローズアップして見ている(例えば,長崎市の中の小江原町)
・ の方は文の事を知っている人の中に視点があり,つまり話者は移
動せず,離れて言っている。しかし,の方は物語の中にある。
・ は外から見ている。詳しく言えば,初めから話者は知っている。
そのまま話している。それに対し,は,話者と一緒に初めての世界へ(あまり見ていない所へ)行く。
・ は木曽路の横から(外から)見ている。は話者が乗り物から見 ている。
・ は全体的に見て,そのまま説明しているが,は自ら見て述べて いる。
・ は山の上から見ている感じで,は人の中に入っている。
・ の視点は一度見たものをまた全体で見る。の視点は狭く詳しく 見ている。
・ は木曽路と山の「外」から見ている。は主人公の中から見てい る。
・ の視点では空から見ており,の視点では話者の中から見ている。
・ は写真や絵に,つまり遠くに視点があり,は見るものの側に視 点がある。
・ の視点は移動していないが,の視点は移動している。
・ は違う所から,はその場所にいる。

説明4:

図に表すと,の話者は,木曽路全体を上から見ている形になりますね。しかし,の話者は,汽車か何かに乗ってトンネルを抜け,雪国に出てきたという形になります。
 の島崎藤村は,主に明治期に活躍した文豪(但し「夜明け前」は昭和初期の作品)で,このような文体の小説を「自然主義文学」と言います。
 の川端康成は,昭和期に活躍した文豪で,このような文体の小説を「新感覚派文学」と言います。
 明治期の「自然主義文学」は,「現実を飾り気無くありのままに描く」という方法で一世を風靡しました。
 しかしその後,「自然主義文学」を否定する形で様々な文学が登場します。そのうちの一つが「新感覚派文学」です。「ありのままに描くのではなく,美を追求するために象徴的に描く」という文学の方法です。

発問1:

最後に問題を出します。次の小説は,の「自然主義文学」なのでしょうか,それとも,の「新感覚派文学」なのでしょうか。書き出しを読んでみます。横光利一という作家の『頭ならびに腹』という小説の書き出しです。

真昼である。特別急行列車は満員のまま全速力で馳けてゐた。沿線の小駅は石のやうに黙殺された。 
同じく,横光利一の『春は馬車に乗つて』という小説の書き出しです。
 
 この曲玉のやうなのは鳩の腎臓だ。この光沢のある肝臓はこれは家鴨の生肝だ。これはまるで,噛み斬つた一片の唇のやうで,此の小さい青い卵は,これは崑崙山の翡翠のやうで(以下略)
 
 二つとも,の「自然主義文学」か,の「新感覚派文学」か,どちらかの文学を代表する作品です。

指示7:

ノートに,かかを書きなさい。

子どもたちの意見は,が15名,が20名であった。

説明5:

作者の横光利一は,「新感覚派文学」を代表する作家です。つまり,答えはとなります。 
以上,これで授業を終わります。

こうして,チャイムと同時に授業を終えた。
 
<引用・参考文献>
① 「夜明け前」島崎藤村(新潮文庫)
② 「雪國」川端康成(鎌倉文庫)
③ 新潮日本文学辞典
④ 学研新世紀百科辞典
⑤ 広辞苑(岩波書店)
⑥ 「文章心理学」波多野完治(三省堂)
⑦ 小林英夫著作集8 文体論的作家作品論(みすず書房)
⑧ 「日本文学の百年」小田切秀雄(東京新聞出版局)
⑨ 「日本の『文学』概念」鈴木貞美(作品社)
⑩ 国文学 解釈と鑑賞707 島崎藤村の再検討(至文堂)
⑪ 国文学 解釈と鑑賞724 川端康成の世界(至文堂)
⑫ 日本文学講座13 大正文學篇 (改造社)
⑬ 岩波講座 日本文学史 第15巻(岩波書店)
⑭ 吉田精一著作集 第6巻 島崎藤村(桜楓社)
⑮ 吉田精一著作集 第7巻 自然主義研究 抱月・泡鳴(桜楓社)
⑯ 吉田精一著作集 第20巻 明治大正文学史(桜楓社)
⑰ 吉田精一著作集 第21巻 現代日本文学史(桜楓社)
                               他


0回すごい!ボタンが押されました

コメント

※コメントを書き込むためには、ログインをお願いします。
New TOSSランド