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TOSSランドNo: 4537817 更新:2019年01月16日

6年道徳「ここを走れば」(阿妻洋二郎の実践)


「ここを走れば」の主題名は、『規範の尊重』である。
「ここを走れば」のあらすじは、亡くなりかけているおじいさんに会うために、渋滞の高速道路で「路側帯を走ればいいのに」と思うぼくと、「路側帯を走ることはできない」という父の話である。

発問1:

父が規則を破ることができないと言ったとき、自分が「ぼく」だったら、父に路側帯を走りたいと言うか、言わないか。

次の4択から、自分の立場を選ばせる。

1路側帯を走りたいと言う。


4走りたいと言わない。(交通ルールを守る)

ここでは、「走りたいと言う」「走りたいと言わない」の間に「ちょっと悩むけど、走りたいと言う」「悩むけど、言わない」という選択肢を設けることで、子どもの多面的・多角的な考えを出しやすくしている。

発問2:

お父さんは後悔しているのか。

次の4択から、自分の立場を選ばせる。

1後悔している。


4後悔していない。

ここでも、「後悔している」「後悔していない」の間に「ちょっと後悔している」「そこまで後悔していない」という選択肢を設けることで、子どもの多面的・多角的な考えを出しやすくしている。

谷和樹氏による解説・代案

「考えて議論する道徳」と「多面的・多角的に考えさせる」というのは、(今回の改訂の)目玉になっていますが、だからといって、何でも多面的・多角的に考えさせるのかと。それって議論すべきことなのかということが、結構あります。
この資料の「路側帯を走るのか」ということですが、走ったらダメでしょう。
そんなの議論の余地はありません。
子どもの「ぼく」が、「路側帯を走ればなあ」と思ったことは理解できますが、ダメなものはダメなんです。
お父さんが、自分のお父さんの死に直面したという状況はわかりますが、それでもなお、路側帯を走ることができないのは、当然のことです。
そこで「ちょっとくらいならいいか」とかいう議論は成立しません。

この資料を私が扱うとしたら、

人それぞれに事情があるかもしれないが、お父さんにはあんなことはできない。
いつもと違って厳しい父の表情でした。

という場面です。

指示1:

この場面について、感想を言ってごらんなさい。

というぐらいです。

それでもなお、「多面的・多角的に考えさせる」というのであれば、1カ所だけ可能性があります。
私なら(多面的・多角的に考えさせることは)やりませんけど、やれと言われたら、可能性はあります。

問題は、混み始めたところです。

ところが車は、高速道路に入ってしばらくすると、だんだん道が混んできました。

とあります。
この時点で、普段あまり混まない高速道路が混み始めてきたという異変に気づいた時にどうするかということです。

スイッチを押し、道路情報を確認すると、「やっぱり事故か」と言いました。
そして、事故が起こって、20km渋滞していると伝えていました。
やがて・・・

とありますが、この間どれくらいの時間があったのでしょうか?
この間、みなさんならどうしますか?
他に為す術はなかったですか?
為す術がないか、相談してみてください。
(下りて、一般道路を走る)
その時点で降り口がないという可能性があります。
もしか降り口があるのなら、そちらから降りた方が早いのではないかという判断に迫られるわけです。
これは分かりません。
降りた結果、そちらも渋滞していたということもありますが、そうしたことを検討した形跡がありません。
仮に降り口がなかったとしましょう。
他にもう方法はありませんか?
サービスエリアがあったら、どうしますか?
サービスエリアに車を止めて、自分たちだけ降りるんです。
そして、タクシーを呼ぶんです。
何万円かかるか分かりませんが、お父さんの命には代えられません。
私なら、そうやって、いくつかの方法を検討するはずなんですよ。
お父さんは検討したかもしれませんが、その描写がありません。
人間というのは、破ってはいけないルールというのは、仕方がないのです。
しかし、ルールの範囲内で、他に方法はないのかということをギリギリの限界まで考え続けることが重要です。
そこを考えさせるのであれば、あり得ます。
ただし、今の話は、小学生にはキツすぎるのでやりません。


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