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TOSSランドNo: 5830969 更新:2016年10月13日

向山洋一 岩根小学校での道徳の授業 1995


発問1:

弱肉強食という言葉を知っていますか。

知っているか、挙手で確認する。

発問2:

どんな意味ですか。

一人指名して答えさせる。

説明1:

そう。強いものが弱いものを食べちゃう。動物の世界は心なんてないんだと思ってた。

 でもね、アフリカで三本足のライオンが生きていた。ビデオも撮られている。兄弟がえさを運んで、助け合って生きている。

発問3:

動物だって、助け合うことがあるんだから、まさか人間の世界では強いものが弱いものを殺してしまうなんてことは無いはずだよね。

賛否を問う。

例 挙手で分布を確かめる 

  若干名を指名して考えを聞く 等

説明2:

 お話します。

 日本の歴史は5000年ぐらい前までわかっています。(黒板に一本の横線を引く。長さ2mぐらい)

 徳川吉宗はこんなところです。(歴史の「数直線」にマークする) ※ NHKの大河ドラマがこの年は徳川吉宗だった。

 ほんのちょっと前、150年ほど前まで、お母さんが年をとって、もう働けなくなると、山の中へ捨ててくる、ということがあったんです。

 あ母さんも自分で歯を折っちゃって、もう何も食べられないようにして。「姥捨て山」といいます。

 また、生まれたばかりの赤ちゃんの濡れた髪を口に当てて、息をできないようにして、死んでいったのです。
 間引きといいます。

 たくさんの人が生きていけるだけの食べ物がなかったからです。多くの人がそうして死んでいったのです。

 今では、こんなにたくさんの人が、みんなが仲良く暮らしています。

 お母さんを山へ捨ててくることもない。赤ちゃんを殺すこともない。食べ物の心配もありません。

発問4:

人間として生きていく上で大切なことを、いろんな人が考えました。 4つあります。

その1 こんなにたくさんの人がくらしているんだから、自分のことだけじゃなくて、相手のことを心から考えようということ。

sの2 こんなにたくさんの人が協力し合っていろんな事をやっているんだから、世のため・人のためになることをしようということ

説明3:

たとえば、「目標に書いてあったことを教えてあげた」などということです。

指示1:

あと2つあります。思いついたことを言ってごらんなさい。

発表させる

※子どもの発言例は省略

説明4:

あとの2つは、
◎ 弱いものをかばおう。弱いものいじめをしないこと。

◎ 世のため・人のためといったって、1人の人間がやれることは限られている。まず、自分ができることをやってみようということ。

 みんなで仲良くしたり、助け合ったりしてるかな?

指示2:

ここで、6人の友だちの作文を読んでみます。

1 お友達になろう
    松風 綾 (6年)

 イタリアの友だちは、みんな「愛情」と「思いやり」が身についているため、初めてイタリアに行ったとき、「みんな、いい人だなあ」と思いました。
 私が小学校に入学したとき、私が日本人であったためか、「お友達になろう」と、話しかけてくれました。私はうれしくて、うれしくてたまりませんでした。そのとき、母が言ったとおり、イタリア人は本当にいい人だと思いました。
 それから、私がこの学校をやめるまでに、となりの組、またそのとなりの組といろいろな友だちができました。私の家のとなりにもとてもなかのよい友だちもいました。この友だちとは、ほとんど毎日遊んでいました。とてもやさしくてゆかいな友だちでした。
 朝、学校へ行くとき、友だちを見つけると大声でその人を呼びます。また、1時間目が始まる前にお祈りをして、体の不自由な人や、けがや病気で苦しんでいる人たちをいたわるように心がけます。また、私たちがどのように親切にしたらよいかを話し合ったり、さびしそうな子をはげましたりします。
 このように、イタリアの友だちは不平などなく、なかがいいのです。     (イタリア・ミラノ 6~8歳)

2 集団でいじめる日本

 森永 武男(5年)
 ぼくが初めて日本の学校に入った頃、みんなぼくを「じろっ」と見ていて、ぼくに声をかけずに、なんとなくぼくをさけていくようにしていました。そして、新しい友だちをつくろうとしないのです。

 だが、アメリカでは、教室に入った途端に、前後左右から声がかかって来たのでうれしくなってしまいました。
 そのほかに、日本では集団で一人をいじめるということがありました。その一つの例は、ことしの夏のことです。プールの授業のときに、ことばが少したどたどしいというのでいつもからかわれている帰国した女の子を、普通学級の子たちがおおぜいで、その子のパンツを引っ張ったり、つついたりして嫌がらせをしていました。
 ぼくたちは、普通学級が押し寄せてくるのを防ぎにかばってあげました。でも、たったの5、6人がかばってあげるだけでは無理でした。そのようなことが毎日のように続きました。
 でも、いよいよ先生にもそのことがわかり、みんなを呼び集め、「その子をいじめた人は手を挙げなさい」と言いました。中には正直に手を挙げた人もいましたが、うそをついている人もいました。
 日本の子どもが、こんなことをするのにあきれてしまいました。   (アメリカ・シアトル 7~10歳)

3 アメリカの友だち

 三枝 孝充 (6年)

 ぼくが初めてアメリカの学校に入ったときは1年生でした。初めて入ったときはへんな目で見られましたが、席に座るととても親切にしてくれました。「こんにちは、日本から来たの?よろしく」などと言ってくれました。ぼくは、そのとき、英語はあまりわからなかったけれど、ぼくに親切にしていることはわかりました。それは、いっしょに遊んでくれたり、英語を教えてくれたりしたことでよくわかります。
                             (アメリカ・ロサンゼルス・ニューヨーク 6~11歳)

4 日本に帰ってきていやだったこと

 市川佳欧理(5年)

 私が日本に帰ってきていやだったことは、あいそうがとても悪いことです。友だちがほしくて、にこにこわらって人を見たりしていました。でも、見られている女の子は、なんか逃げたり、変な顔をしたりしたのです。
 私が母にそのことを言うと、「日本人は、人に向かって笑顔を見せないのよ。それに、そういう習慣なのよ。」と言いました。
 もう一つ、いやだったことは、私が人とぶつかったりしても、あいては知らんふりをしているんです。アメリカでは、そんなことをしたらすぐにあやまるのに変だなと思いました。       (アメリカ・ニュージャージー 3~5歳)

5 かたをくみながら・・・・

 森川 嘉一郎(6年)

 ぼくは、5歳のときにイギリスに行き、すぐに現地校に通うことになりました。しかし、入学したときはABCさえもわからず、友だちの言っていることがぜんぜん分かりませんでした。
 しかし、そんなぼくに、かたを組みながら木を指しては「TREE」とやさしく教えてくれたのです。それに少しも差別をする態度を見せずに遊びに入れてくれたのです。

6 わたしだけをいじめる・・・・

 山下 浩子 (4年 仮名)

 日本で初めての学校、どんな学校かな、クラスのみんな仲良くしてくれるかな、クラスに入ってみると、しいんとしていた。このクラスの人たちならきっと仲良くしてくれるだろう、と安心していた。
 でも、しばらくたつと、わたしだけにらんぼうしたり、悪口を言ったり、いろいろ悪いことをされた。毎日こんなくりかえしでもういやになった。体じゅうが痛むし、頭はがんがんするし、おまけにみんなわたしのせいにしてせめる。

 人と遊ぼうと思っても、知らん顔をしてどこかへ行く。毎日、わたしは一人で本を読みました。「本を読んでいたほうがよっぽど楽しいや!」と、いつも独り言を言って。

 授業はわからないし、誰も教えてはくれない。わたしはいつも「早く夜になれ」とばかり思っている。そのうちに日が暮れる。夜なら責める人も、ける人もいない、と思っていると、またすぐ朝になる。
 いやだな、と思いながらいつも学校に行く。きてみると、すぐわたしを責める。だから学校がきらいだ。毎日がいやになる。

 早く家に帰って本が読みたい。学校が終わったら安心と思っていると「山下さん今日遊ぼうよ」と言われた。そんなことを言われたのは日本に来て初めてだった。急にうれしさがこみ上げてきた。
 わたしは、さっそくその人の家に行った。行ってみると、わたしの悪口ばかり言った。わたしをだまして、人を泣かせようとしたのです。何という人だ。あれでも人間か。人をだましたりして最低な人たちだ。「こんな所にはいたくない」と思った。

                          (アメリカ・ワシントン・ロサンゼルス 2~8歳)

発問5:

6人の作文を読みました。あなたは、どう考えましたか。この紙に書きなさい。

 全部、本当の作文です。今の作文を聞いて、思ったことを書きなさい。

 約3分の作業時間をとる。

 書かせた後、発表させる。

説明5:

 このようなことを、作家が取り上げて作品にしました。 実際にあった話をもとにして書いたのです。

 その前半の部分を読んでみます。

※ 「わたしのいもうと」 松谷みよ子を読む

 この子は
 わたしの いもうと
 むこうを むいたまま
 ふりむいて くれないのです。 
 いもうとのはなし
 きいてください

 いまから 七年まえ
 わたしたちは この町に
 ひっこしてきました
 トラックに のせてもらって
 ふざけたり はしゃいだり
 アイスキャンディを なめたりしながら
 いもうとは 小学校4年生でした

 けれど てんこうした学校で
 あの おそろしい いじめが
 はじまりました
 ことばが おかしいと わらわれ
 とびばこが できないと いじめられ
 クラスの はじさらしと ののしられ
 くさい ぶたと いわれ
 ---------ちっとも きたない子じゃないのに
 いもうとが きゅうしょくを くばると
 うけとってくれないというのです・・・・

 とうとう だれひとり
 口をきいてくれなくなりました
 ひと月たち
 ふた月たち
 えんそくに いったときも
 いもうとは ひとりぼっちでした
 やがて いもうとは
 学校へ いかなくなりました

 ごはんも たべず
 口も きかず
 いもうとは だまって どこかをみつめ
 おいしゃさんの手も ふりはらうのです
 でも そのとき
 いもうとの からだに
 つねられた あざが たくさnあるのが わかったのです

 いもうとは やせおとろえ 
 このままでは いのちがもたないと いわれました

 かあさんが ひっしで かたくむすんだ くちびるに スープを ながしこみ
 だきしめて だきしめて いっしょに ねむり 
 子もりうたを うたって ようやく いもうとは いのちを とりとめました

 そして まい日が ゆっくりと ながれ

 いじめた子たちは 中学生になって セーラーふくで かよいます
 ふざけっこしながら かばんを ふりまわしながら

 でも いもうとは ずうっと へやにとじこもって 本もよみません
 レコードも ききません

 だまって どこかを見ているのです
 ふりむいても くれないのです

発問6:

ここでひとつ問題が生じます。

いじめた方は大丈夫なのか?

説明6:

わたしは、一生懸命勉強しました。お医者さんにも聞きました。
そうしたら次のようなことがわかりました。

人間の脳は、さまざまなホルモンを出しています。
 そのホルモンの中に「エンドルフィン」というのがあります。

 人に親切にしたり、やさしい気持ちになったりすると出ます。
 体全体を治したり、痛みをやわらげてくれたりします。

 小さい時、おなかが痛いときなど、お母さんにやさしくなでてもらっただけで気持ちが良くなったことがありませんでしたか?
 痛みや病気に、ふつうの薬の何倍も効きます。ガンでも治ります。病気は全部治してくれます。

 その反対に、人をいじめたり、いやなことをしたりすると「ノルアドレナリン」というホルモンが出ます。
 ものすごい毒です。ヘビの毒の次ぐらいです。このホルモンが出ると具合が悪くなったり、胃に穴が空いたりします。

 どんなにごまかしたって、自分は知っています。
 自分の脳は知っているんです。悪いことをすると自分の脳が自分を攻撃するんです。自分で自分の身体を攻撃するんです。

 きっと、神様が、「人間はいいことをして、仲良く生きていくんだよ」という願いを込めて人間の身体を作ったのです。

説明7:

他人はだませても、神様は知っている。

他人はだませても、自分自身はだませないんです。

指示3:

頑張っている子の作文を読みます。

 資料 4 

 わたしにできること

 一年生の運動会で、私はリレーの選手でした。
 それが二年生のときには車椅子で見学でした。
 去年の4月17日にターザンごっこをしていて、ロープから手を放してしまい、高いところから落ちて、大腿骨を骨折して入院してしまいました。
 一学期はほとんど学校へ行きませんでした。
 その入院をしているときに、同じ病室に手話で話しをしている人といっしょになりました。
 学校で、手話や身体障害者について勉強したことがありました。
 最初はお話できなくてかわいそうだと思いました。
 でも、その家族はとても楽しそうに手話でお話しをしたり、みんなに手話を教えてくれたりしました、わたしもお友達になりました。
 そして、わたしは夏休みに退院しました。
 しかし、わたしの骨はふつうの人とは違う。

 「1つベッド用意!」
 と、先生に言われ、再入院することになったのです。
 そのとき、わたしの頭はゆれて、気絶しそうになりました。
 なぜか。牽引のために、また足の骨にドリルで穴を開けて、金具を入れるとても痛いことをするからです。

 そして、5ヶ月もたつころ、座ることもできず、足をつって寝たままの生活が続きました。そして、やっと退院できるほどに骨がつき、それからリハビリが始まりました。

 ずっと動かさないでいた足は、立つことも歩き方も忘れていました。
 筋肉をやわらかくしたり、足に筋肉をつけるリハビリです。
 先生が身体中を乗せて、私の固くなった足を伸ばすのです。 痛くて、つらくて、がまんはこりごりで、涙がなくなりそうでした。
 リハビリ室にはたくさんの人が来ています。
 その中には、片足だけの人がいました。
 その人は、プラスチックみたいな足をつけて、たいへんそうに汗をいっぱいかいてリハビリをしていました。
 わたしは、「痛い!でも、わたしはがんばる。」そう叫んでいました。

 私の特別な骨は、いまがんばらないと、大人になっても足をひいた歩き方になってしまうそうです。今では、家でも一日5回リハビリをしています。

 私はまだ、ふつうに歩けません。でも、絶対あるきたいのです。そして、走りたい。

 バレエを習ったり、友だちと松葉杖なしで手をつないで学校へ行ったり、バスに乗ってプールへ行ったり、鉄棒、おにごっこ、そていお母さんとなわとびをしたり、運動会で思いっきり走りたい。これは、全部わたしの出来ることだったのです。

 それからいま、わたしが思っているもう一つのことは、手話の人や、車椅子の人がいたら、
「こんにちは。わたしに何かできることはありますか?」
 とあいさつできるようになることなのです。

説明8:

 金子みすゞさんという詩人が、こんな美しい詩をつくりました。

 次の詩を読む

 私と小鳥と鈴と      金子みすゞ

 私が両手をひろげても、
 お空はちつとも飛べないが、
 飛べる小鳥は私のやうに、
 地面を速くは走れない。

 私がからだをゆすっても、
 きれいな音は出ないけど、
 あの鳴る鈴は私のやうに、
 たくさんな唄は知らないよ。

 鈴と、小鳥と、それから私、
 みんなちがつて、みんないい。

説明9:

 みんなそれぞれ個性があり、違うからすばらしいのです。

 ウメもモモもアンズもスモモも、それぞれ違う味わいで、どれもおいしいのです。
 
 違うところがあるから、お互い、良いところを学び合えるのです。
 最後の2行をみんなで読んでみましょう。

 音読させる。

鈴と、小鳥と、それから私、
 みんなちがつて、みんないい。

 ※オープン・エンドで終わる。


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