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TOSSランドNo: 4804424 更新:2016年01月27日

春(安西冬衛) 2/6


前の時間に、ちょうは話者にまだ見えているか、という発問をし、ノートに意見を書かせて終っている。
考えさせる際「どちらの情景にこそ話者は感動を覚えるか」というヒントを出してある。
その続き。
今回も漢字、暗唱をしてからなので35分程度の授業。
意見を分けてからすぐに討論にはいる。

指示1:

討論を始めなさい。

意見は要旨次のようなものであった。

<見えている>
(1)これから困難に立ち向かう様子に感動を覚えた
(2)とんでいった、だからまだ見えていると考えておかしくない
  たとえば、まだ近くにいて、出発した瞬間であっても、とんでいった、という表現はありえる

<見えていない>
(1)見送って見えなくなったとき、別れ、という感じがある
  そこに感動を覚える。
  友達を見送ったとき、見えなくなったときこそ寂しさなどの感情があり、感動の頂点になると思う
(2)とんでいった、ということは見えなくなったと読める
  飛び立った瞬間ともいえるが、とんで行って見えなくなっても、とんでいった、という表現はする

大きくこの2つの意見について議論がなされた。
残り10分程度で切り上げた。

説明1:

説明しますね。
○○君立って。
教室の扉のところまで行ってください。
みんなから見えるところまで。
この時、「○○くんは出ていった」と言いますね。
次に階段のあたりまで出ていって。
この時、「○○くんは出ていった」と言いますね。
みなさんの意見のとおり、どちらでもあり得ます。
だから問題は、どちらの情景の方が感動する。
つまり、主題のとりかたによって違うわけです。

指示2:

ここまでのまとめを書きなさい。

子どもたちのノートは要旨、次のことがまとめられていた。
(1)視点としては、どちらでもあり得る
(2)私は、見えている、もしくは、見えていない、方に感動する、という理由を述べている
(3)主題に考えが及んでいる子も数名


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