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TOSSランドNo: 2210101 更新:2012年12月13日

杉原千畝・・・6000人のユダヤ人の命を救った日本人


ナチス・ドイツの迫害から逃れ,行き場を失ったユダヤ人を
命懸けの行動で救った杉原千畝。
戦時中のぎりぎりの場面において,人道を重んじた日本人の行為。
この史実を子供たちに知らせたいと願い,授業案を作った。

発問1:

(●写真『ガス室に消えた子どものくつ』提示 http://www.urban.ne.jp/home/hecjpn/  )
何に見えますか?(列指名)

説明1:

これは,ガス室に入れられて殺された子供が履いていた靴です。
・・・・1938年 およそ75年前,ヨーロッパのナチス・ドイツはユダヤ人の虐殺を始めました。
虐殺とは,異常なやり方で人を殺すことです。

指示1:

地図帳でドイツを探してごらんなさい。

説明2:

(●ヒトラーの写真を提示)
【説明】ナチス・ドイツを率いていた人です。ヒトラーといいます。

説明3:

(●ナチス・ドイツの侵略の地図を提示)
ナチス・ドイツは周りの国と戦争をし,ドイツの領土を広げていました。
この矢印は軍隊を進めた方向を表しています。地図帳と見比べてごらんなさい。

説明4:

虐殺されたユダヤ人は約600万人と言われています。
その中には子供が150万人含まれていました。

発問2:

ナチス・ドイツのやったことについてどう思いますか?(列指名)

・ひどいと思います。
・残酷です。
・どうしてそんなことをしたんですか?

説明5:

1933年から,ヒトラーはドイツの首相になってすぐに,ユダヤ人を追い詰め苦しめる政策を始めました。
1941年には,ヨーロッパにいるユダヤ人を皆殺しにする計画を立てています。

発問3:

ユダヤ人はどうしたでしょうか?(列指名)

説明6:

ユダヤ人は安全な外国に脱出しようと考えました。
しかし,すでにナチス・ドイツが周りの国を占領していましたので,ユダヤ人を受け入れられる国がほとんどありませんでした。
多くのユダヤ人はナチス・ドイツ軍につかまり,強制収容所に入れられ,そこで死を迎えたのです。

指示2:

地図帳でリトアニアを見つけてごらんなさい。

説明7:

(●ナチス・ドイツの侵略の地図を提示)
当時,このリトアニアにいたユダヤ人にも危険が迫ってきました。
しかし,この国にいたユダヤ人には,危険から逃げる方法が一つだけありました。
日本の通過ビザをもらって外国に脱出するという方法です。

説明8:

(●日本領事館に訪れたユダヤ人の写真を提示)
当時のリトアニアは,ソ連に占領されていましたが,日本領事館に大勢のユダヤ人が訪れました。
日本の通過ビザは日本領事館が発行することになっているからです。

発問4:

通過ビザはすぐに発行されたと思いますか。
発行されたと思う人?発行されなかったと思う人?

説明9:

(●杉原千畝の写真を提示)
リトアニアの首都カウナスにあった日本領事館には杉原千畝という外交官がいました。

発問5:

杉原千畝さんが通過ビザを発行するには多くの困難がありました。
どんな困難があったでしょうか。予想してノートに書いてごらんなさい。

「人数が多くて大変でした」
「ナチス・ドイツに脅されました」

説明10:

杉原さんが所属する外務省から,通過ビザを発行する条件として,次のような指示がありました。
①行先国に入る許可手続を終え完了していること
②交通費をもっていること
③日本で生活する費用をもっていること
しかし,そんな条件を満たしている人は,そう多くなかったのです。

当時ドイツと日本は日独伊三国軍事同盟を結ぶ直前だった。
従って,本来ならドイツがやっていることと反対のことを表だっては出来ない。
しかし,当時の日本は世界に先駆けて「人種平等」を国際社会に訴えていた。
ユダヤ人迫害は,日本の主張する「人種平等」に反する。
そこで,ユダヤ人であっても,日本国内の規則で公正に日本に受け入れることにした。
これは,1938(昭和13年)「猶太(ユダヤ)人対策要綱」として,日本政府で正式に決められたことである。

発問6:

しかし,領事館の前には大勢のユダヤ人がビザの発行を求めています。
ユダヤ人を襲う手はすぐそこまで迫っています。
杉原さんはどうしたでしょうか。予想をノートに書いてごらんなさい。

説明11:

杉原千畝さんは,外務省が求める条件を無視し,通過ビザを自分の判断で発行したのです。
杉原さんの働きにより,当時リトアニアにいたユダヤ人のうち,およそ6,000人が何とか外国に脱出することが出来たといわれています。

説明12:

(●杉原千畝が発給したビザの写真を提示)
杉原さんが発行したビザです。ビザを発行されたユダヤ人が想い出にとずっと大切に保管していたものです。

説明13:

杉原千畝さんはこうおっしゃっています。
 「私を頼ってくる人々を見捨てるわけにはいかない。でなければ私は神に背く。」

説明14:

杉原千畝さんはおよそ1か月間ずっと昼食抜きで通過ビザを書き続けました。
全て手書きです。書いても書いても,ビザの発行を求めるユダヤ人は増える一方でした。
・・・ついには,ソ連から「領事館を出る」よう命令がありました。
しかし,杉原さんはそれを無視してビザを書き続けました。命がけでした。
・・・そして,もうこれ以上リトアニアにいられないというぎりぎりまで,
リトアニアから出る列車に乗る駅のホームでも,杉原さんは通過ビザを書き続けました。
出発の時間がきてしまい,ビザを発行できなかった人に対して次のような言葉を残しながら・・・。

許してください,みなさん。わたしには,もうこれ以上,書くことはできません・・・・・。
みなさんのご無事をいのっています。

発問7:

杉原さんが助けたユダヤ人は6,000人とも8,000人とも言われています。
杉原さんがやったことをどう思いますか。

「自分の命よりユダヤ人の命を助けてすごいと思います。」      
「最後までビザを書いたのでよかったと思います。」
「日本の外務省やソ連の言うことを無視して6000人も助けたなんてすごいなと思いました。」

説明15:

(●ヤド・バシェム賞のメダルを提示)
これは1985年1月18日,イスラエル政府から杉原さんにおくられたメダルです。
ヤド・バシェム賞といいます。
ヤド・バシェムとは「諸国民の中の正義の人」という意味です。
日本人として初めての受賞です。
偉い人として扱われることを好まなかった杉原さんでしたが,この賞は受け取りました。

説明16:

戦争が終わった後,杉原千畝さんは外務省を辞めます。
日本が連合軍の占領下になり,外務省職員が大勢リストラされました。
しかし,杉原千畝さんは次のような言葉を残しています。

「私のしたことは外交官としては間違ったことだったのかもしれない。
 しかし,私には頼ってきた何千人もの人を見殺しにすることはできなかった。
 そして,それは人間として正しい行動だった」

説明17:

人間同士が大勢殺し合っていたこの時代,私たちの国,日本には
杉原千畝さんのように命がけで人の命を救う努力をした方がいらっしゃっいました。

発問8:

ユダヤ人の命を救った日本人は当時,杉原千畝さんだけだったのでしょうか?

説明18:

(●写真「樋口季一郎」提示)
1838(昭和13年),陸軍の軍人だった樋口季一郎(少将)という方は,満洲でおよそ20,000人のユダヤ人の命を救いました。
極寒の地で,他に行き場の無かったユダヤ人を満洲に受け入れたのです。

近年,日本の外務省外交資料館で発見された資料の中には,
杉原氏のほかにも,ウイーン,ハンブルグ,ストックホルムなど欧州12箇所の日本領事館で,
ユダヤ避難民へ,数百件のビザが発行された記録が見つかっているという。
これら記録は,たんに杉原氏だけが思いつきでビザを発給したわけではないことを裏付けている。
ボストン大学教授・ヒレル・レビン氏は,
「杉原氏はユダヤ人救出の為の何らかのネットワークを持っていたと確信する」と語っているという。

説明19:

日本は当時,国際連盟で唯一,「人種差別の廃止」を提案した国でした。
世界各国は平等であり,各民族も平等に扱われるべきだと主張していたのです。

説明20:

最後に,杉原千畝さんの言葉を紹介します。
日本通過ビザを渡す時にユダヤ人に言った言葉です。

「世界は,大きな車輪のようなものですからね。
 対立したり,あらそったりせずに,みんなで手をつなぎあって,
 まわっていかなければなりません・・・。
 では,お元気で,幸運をいのります。」

指示3:

今日のお勉強の感想をノートにまとめておきなさい。

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【参考資料】
■藤岡信勝『教科書が教えない歴史①』産経新聞社
■ホロコースト記念館ホームページ
■Reich・帝国
■第三帝国の野望(毎日新聞)
■6000人の命のビザ-杉原千畝生誕100年記念事業委員会ホームページ
■志門塾生涯学習部(講座内容) (2)樋口 季一郎
■正義の人(杉原千畝と樋口季一郎)
■「我が子に伝える誇りある近代史」第6話 人種差別の壁を崩した日本


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