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TOSSランドNo: 2210378 更新:2013年10月14日

ライト兄弟に先駆けて≪二宮忠八≫ 日本人の気概を伝える


発問1:

世界で初めて飛んだ飛行機です。
これを作ったのは誰ですか。

「ライト兄弟です。」

説明1:

そう、ライト兄弟ですね。
ただ飛んだのではありません。人を乗せて動力で飛んだのです。「有人動力飛行」といいます。

発問2:

「無人」であればこちらが先です。ライト兄弟の12年も前です。
ライト兄弟はアメリカ人。当時、ヨーロッパでも研究が盛んでした。
では、これをつくったのは、どこの国の人だと思いますか。

指名 「イタリアです」 「フランスです」 「イギリスです」 「日本です」

説明2:

正解は日本です。二宮忠八といいます。
忠八には夢がありました。人が乗れる飛行機を作りたい。妻を乗せて一緒に大空を飛びたい。その夢に向かって飛行機開発を進めます。

説明3:

当時、空を飛ぶためには、羽ばたかなければならないと思われていました。
忠八は、カラスが滑空する様子を見て、羽ばたかなくても飛べることを発見したのです。
烏型模型飛行器は「羽ばたかない」ことを形にしたものなのです。

説明4:

玉虫型模型飛行器。先ほどの飛行器の2年後のものです。
人が乗れるように改良されています。

発問3:

飛行機開発には大変な資金が必要です。
ライト兄弟の場合は,たくさんの支援者やスミソニアン協会から資金援助や最新情報の提供がありました。
では、忠八はどのように資金を集めたと思いますか? ひとつ選んでください。
①友人から ②親類縁者から ③軍から ④自分の収入から

挙手で確認。③・④が多い。

説明5:

正解は、自分の収入だけです。明治の日本では、忠八の研究は理解されませんでした。「空を飛ぶ機械」など夢物語だったのです。忠八は、まさにその夢に向かって、たった一人で研究を続けるのです。

説明6:

そしてついに、人が乗れる機体を完成させます。あとは、お金をためてエンジンを載せるだけです。ライト兄弟初飛行の2ヶ月前のことです。

説明7:

しかし、先を越されてしまうのです。忠八は、新聞を握り締め、男泣きに泣いたといいます。以来、飛行機開発から一切身を引くのです。

説明8:

その後、忠八の研究は広く紹介されます。
そして様々な表彰を受けました。航空雑誌、国語の教科書にも載りました。
昭和39年、英国王室航空協会に、玉虫型模型飛行機が展示されたのです。

発問4:

平成3年、彼の機体にエンジンが載せられました。飛行実験です。
この飛行機、飛んだと思いますか、飛ばなかったと思いますか。
飛んだと思う人? 飛ばなかったと思う人?

「飛んだ」が多い。

説明9:

正解は飛んだのです。飛行距離200m。ライト兄弟の初飛行が36mですから、6倍も飛んだのです。
もう一歩、あと一歩早ければ、ライト兄弟に変わってその名を歴史に残していたのかもしれません。

説明10:

飛行機の進歩の陰で多くの犠牲者が出ました。
忠八は、自ら神官の資格を取り、神社を建てます。日本初「飛行神社」です。
自分が航空界のためにできる唯一の道は、空の犠牲者の慰霊にあると考えたのです。

説明11:

晩年、忠八は1度だけ飛行機に乗りました。そのときの忠八の言葉。
「若い頃、毎晩飛行機に乗った夢を見た。今初めて飛行機に乗った気持ちは、夢で見たのと少しも違わなかった。」
忠八の研究を支えたのは、若い頃胸に抱いた彼の夢の力だったのかもしれません。

指示1:

今日の感想を書きなさい。

≪参考文献≫
1.虹の翼   吉村 昭 著  文春文庫
2.ライト兄弟 おきたかし著  ポプラ社
3.ライト兄弟 飯野貞雄監修  集英社
4.講談社カラー科学大図鑑「飛行機」 講談社

≪参考TV番組≫
1. その時歴史が動いた NHK 2001年8月29日(水)放送

≪参考HP≫
1.八幡浜市HP 偉大なるパイオニアたち 二宮忠八 
2.kawata邸玄関 二宮忠八の部屋 
3.NHK その時歴史が動いた
4.四国が生んだ偉人たち
5.八水の二宮忠八翁をたたえて
6.八幡市・飛行神社
7.飛行神社・二宮忠八
8.ぶらり15
9.ライト兄弟の秘密


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