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TOSSランドNo: 9960849 更新:2013年10月12日

歴史をつなぐまちづくり3


1 大井川に橋がかけられなかったのはどうしてか。 

 

①牧ノ原台地の写真~大井川・蓬莱橋

説明1:

静岡県の牧ノ原台地。静岡県の有数の茶産地です。そのふもとを流れる大井川。その川にかかる蓬莱橋。明治12年にかけられた木造の橋、木造世界一の橋としてギネスブックにも認定されました。

②大井川の写真

発問1:

さて、この大井川。江戸時代には、次のように歌われました。「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川 」どんな意味でしょうか。

難所である箱根は、馬でも越すことができるが、大井川だけは、簡単に越えることができない

発問2:

どうして、簡単に越えることができないのでしょうか。

橋がなかったから。

発問3:

3大井川には、どうして橋がなかったのでしょうか。
一般的に言われているのが,江戸を守るため,関所の役目をしているということです。その根拠として言われるのが,家光が大井川に浮き橋を造った秀忠に言った話です。
 しかし,江戸260年の間,江戸を守るだけの理由で造られなかったとは考えられません。

2 3つの論を検証する。

①4つの河川図

発問4:

この説について考えます。江戸時代の大井川と同じように大きな河川を見てみます。愛知県の矢作川 大井川 富士川、多摩川です。
これらの川に橋がかかっていたかを考えます。
 矢作川・・・矢作橋がありました。420mの橋。西の横綱と呼ばれる大きな橋でした。
 大井川・・ご存じの通り、橋がありません。徒渡しです。
富士川・・ありませんでした。舟渡です。
 では,多摩川には,橋があったのでしょうか。

あった(それぞれ理由)
なかった

発問5:

多摩川には六郷大橋がありました。 6回流され舟渡しになりましたが,6回も橋を造ったのです。ここからどんなことがわかりますか。

防衛のためだけに橋を造らなかったのではないことです
6回も造ってるのだから、江戸を守るより橋を造る方が大事だった。
②川の傾斜を示したグラフ

発問6:

川の傾斜を示したグラフです。先ほどの4つの河川に印をつけます。どんなことがわかりますか。

流れが急な川には橋が造られていない
 ゆるやかな川では橋が造られている。
③川の水位を示した図

発問7:

さらに川の水位です。橋がない2つの河川に絞ります。どんなことがわかりますか。

水位が深いと橋になる。
水位が低いからこそ徒渡しになる

説明2:

大井川は、流れが急で水位が低い川でした。
この自然条件も橋が造られなかった理由の一つと考えれています。

④東海道の宿場町の人口

発問8:

宿場町の人口です。ここからどんなことがわかりますか。

島田が浜松よりも多い。
島田がにぎわっている。
⑤徒渡し人夫の人数

発問9:

さらに,川越人足の人数です。どんなことが言えますか。

人足の数が増えている。
儲かっている
橋ができたら、きっと困る。

説明3:

大井川に橋がかけられなかったのは,江戸を守るため,川の状況・技術的な面と地元民の反対があったからだと考えられています。様々な理由がそこにはあったわけですね。

3 大井川が生んだ歴史

発問10:

この大井川も明治政府になり、橋ができるようになります。一夜にして島田・金谷宿は、墓場のような街になったといわれています。
この人足、宿場の人たちはどうしたのでしょうか。

働きにいった。
橋をつくる仕事についた。

説明4:

仕事のなくなった武士と一緒に、牧ノ原の開墾を始めました
そして、牧ノ原台地は、日本有数の茶産地となったのです。

 大井川に橋がなかったことが、静岡のお茶の産業を伸ばしていったのですね。歴史はつながっているのです。

参考文献:  大井川に橋がなった理由  村松博   創元社


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