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TOSSランドNo: 4107602 更新:2012年12月08日

グーグルアースを使った古墳の授業


グーグルアースのkmzファイルを添付しています。必要に応じて活用してください。kmzファイルには、古墳の墳長の大きさ順、前方後円墳の成立年代順などのツアー機能が入っています。シナリオに応じて活用ください。

◇グーグルアースで、さまざまな形をした古墳を提示する。

説明1:

古墳というのは豪族の墓のことです。日本にはさまざまな形をした古墳があります。
 ①円墳(丸墓山古墳)。日本で最も多い形の古墳です。
 ②双方円墳(金山古墳)
 ③前方後方墳(西山古墳)などです。
 ④前方後円墳(五色塚古墳)。日本独自の形式の古墳です

発問1:

形の違いに何か意味があると思いますか。

 ・ある

発問2:

例えば、前方後円墳は、日本独特の形ですがどこに棺が治められていますか。

   ・円墳の墳丘部のところに棺を治めた。

発問3:

前方の四角い部分は何に使ったのだと思いますか。

   ・円墳までの通路として使われた。

説明2:

同じ形式の墓を持つと言うことは、同じ形式の葬式をしていたと言うことです。前方後円墳を持つ地域の人たちは、何らかのつながりをもっていたということです。

◇グーグルアースで墳長の大きな順に古墳を提示する。

説明3:

古墳がつくられはじめたのは3世紀頃からです。古墳を大きさ順に見てみましょう。
 ①大仙陵古墳 前方後円墳 486m
 ②誉田御廟山古墳(こんだごびょうやま) 前方後円墳 420
 ③上石津ミンザイ古墳 前方後円墳 365
 ④造山古墳 前方後円墳 360
 ⑤河内大塚古墳 前方後円墳 335
 ⑥見瀬丸山古墳 前方後円墳 318
 ⑦渋谷向山古墳(しぶたにむかいやま)前方後円墳 302
 ⑧土師ニサンザイ古墳(はぜ)前方後円墳 288
 ⑨作山古墳 前方後円墳 286
 ⑩仲ツ山古墳 前方後円墳 286 中期

発問4:

どんなことに気づきましたか。

  ・全部が、前方後円墳である。
  ・大阪や奈良に多い。

発問5:

大阪や奈良に巨大な古墳が集まっているということから、当時の日本についてどんなことが分かりますか。

説明4:

大阪や奈良に前方後円墳という特殊な形をした古墳をつくる勢力の強い豪族が集まっていたことが分かります。

◇グーグルアースを使って、巨大な前方後円墳を古い順に見せる。
 ①箸墓古墳
 ②渋谷向山古墳
 ③五社神古墳
 ④仲ツ山古墳
 ⑤上石津ミンザイ古墳
 ⑤造山古墳
 ⑥誉田御廟山古墳
 ⑦大仙陵古墳
 ⑧土師ニサンザイ古墳
 ⑨河内大塚古墳
 ⑩見瀬丸山古墳

発問6:

どんなことに気づきましたか。

  ・古墳が徐々に大きくなっている。
  ・巨大な古墳が奈良から大阪へと移っている。

発問7:

このあと前方後円墳は、日本のどのあたりまで広がっていったと思いますか。

◇グーグルアースを使って、九州、東北の前方後円墳を提示する。

前方後円墳は、6世紀にはここまで広がっていました。

発問8:

前方後円墳を持つ地域の人たちは、巨大な古墳を持つ近畿地方の豪族とどのような関係を持っていたと思いますか。
  1 親戚関係
  2 主従関係
  3 同盟関係

発問9:

上石津ミンザイ古墳、造山古墳は、ほぼ同じ時期に作られました。しかも、上石津ミンザイ古墳と造山古墳は、ほぼ同じ大きさと形を持っています。どのような関係を持 っていたと思いますか。
  1 親戚関係
  2 支配、被支配関係
  3 同盟関係

説明5:

同盟関係を持っていたと考えられます。主従関係があったとしたら、同じような巨大な古墳の造営は認めないはずです。さらに、魏志倭人伝に次のようにあります。「その国はもともと男子を王としていた。70・80年前、倭国は乱れ、何年もの間攻撃しあっていた。そこで、国々は協議して一人の女子を王にした。」

発問10:

その国とは、どの国ですか。王になった女子とは誰ですか。

  ・邪馬台国
  ・卑弥呼

発問11:

卑弥呼は、どのようにして王になりましたか。

  ・相談して決めた。

説明6:

卑弥呼がいたのは3世紀の中頃です。すでに古墳時代に入っています。古墳時代に王が共立されたということが分かります。5世紀の後半には共立された王のことを大王と呼んでいました。

説明7:

6世紀の後半以降、巨大な古墳はほとんど造営されなくなります。近畿地方では見 瀬丸山古墳以外は大型古墳は見られません。岡山の古墳の移り変わりです。
   5世紀      造山古墳360メートル
             作山古墳285メートル 
             両宮山古墳190メートル
   6世紀後半  こうもり塚古墳100メートル

 同じように古墳の規模が小さくなります。

発問12:

大王の古墳以外には大規模な古墳がないという事実から、どのようなことが分かりますか。

  ・大王の権力が強くなり地方の豪族の力が弱くなった。

説明8:

大王の権力が高まり、大王は共立されるのではなく血縁関係にもとづいて選ばれるようになります。それが天皇です。天皇の名前が正式に使われるようになったのは7世紀の天武天皇の時代と考えられています。この時代には古墳づくりに費やされたエネルギーは、巨大な寺社や都の造営に使われるようになっていました。

【参考文献】
『古墳のはじまりを考える』学生社 
  金関恕 森岡秀人 森下章司 山尾幸久 吉井秀夫
『大和・纏向遺跡』学生社 石野博信
『前方後円墳に学ぶ』山川出版社 近藤義郎
『野外復元 日本の歴史』新人物往来社坂井秀弥 本中真  
『前方後円墳と吉備・大和』吉備人出版 近藤義郎
『日本の古墳・古代遺跡』西東社 
『前方後円墳 観察への招待』青木書店 近藤義郎
『大王と地方豪族』山川出版社 篠川賢
『古墳とその時代』山川出版社 白川太一郎
『古墳とヤマト政権』文春新書 白川太一郎 


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