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TOSSランドNo: 6940941 更新:2013年09月01日

【修正追試】占領下の検閲(小林義典氏の追試)


【修正追試】占領下の検閲(小林義典氏の追試)

 日支戦争から、大東亜戦争の終結に至るまでの過程を学習した後、子供達に感想を書かせると、必ず以下のような意見が出てくる。

○当時の日本の政府が狂っていた。
○東条英機などのA級戦犯は、死刑にされて当然だ。

 日本は「言論の自由」があり、授業でそれらの考え方を批判するつもりはないが、どうもこれらの意見は、自分で考えたのではなく、マスコミで報道していることや教科書での受け売りだったり、浅い知識での意見であることが分かる。
 これらの子供達に自分の頭で考えさせたいと願い、歴史は、多様な価値観で見る見方ができる子供たちに育てたいと願い、本実践を追試した。
(授業では、小林氏のwebワークを使った。)

説明1:

(●写真「原爆のキノコ雲」提示→地図「連合国」→地図「ポツダム宣言受諾」提示)
昭和20年8月15日,太平洋戦争で日本は降服しました。その時,日本が受け入れたのがポツダム宣言です。

説明2:

(●資料「ポツダム宣言(英文)」提示)
ポツダム宣言には,降服する時の約束が書いてあります。

説明3:

(●資料「ポツダム宣言第10項」提示)
第10項で,連合国は,日本人の「言論の自由」を約束しています。
「ポツダム宣言」「言論の自由」読んでみましょう。さんはい。
言論の自由とは,「自分が正しいと思うことを自由に発表できること」です。

発問1:

降服した時,本当に日本人には「言論の自由」があったのでしょうか。
「言論の自由」があったと思う人? なかったと思う人?(挙手させる。)

 ポツダム宣言から見て、子供たちは、「言論の自由」があったという風に考える子供が多かった。

説明4:

今日はこのことについて,考えます。

説明5:

(●写真「アメリカ:メリーランド大学のマッケルディン図書館」提示)
アメリカのメリーランド大学の図書館に,当時の連合国の資料が眠っています。
段ボール箱1万個分。とてつもなく沢山の資料です。

☆注:〈占領政策〉
    1. 日本陸軍の解体(昭和25年より転換。警察予備隊の創設。)
    2. 日本海軍の解体(昭和25年より転換。警察予備隊の創設。)
    3. 戦犯の逮捕(昭和24年より転換。A級戦犯の裁判放棄)
    4. 軍国主義者の公職追放(昭和25年より転換。公職追放解除。)
    5. 政教分離
    6. 軍国主義教育の廃止
    7. 軍需産業の禁止
    8. 財閥解体(昭和24年より転換。独占資本を中心とする経済復興路線の推進。)
    9. 農地改革
    10. 労働基本権の承認(昭和24年より転換。労働運動への抑圧が始まる。)
    11. 日本国憲法を中心とする民主主義制度の確立 

説明6:

(●写真「手紙」提示)
その資料によると,連合国は毎月400万通の日本人の手紙を開け,中身を読んだ,とあります。
湯気で封を開け,中の手紙を調べ,また封をして送りました。
(●写真「電話機」提示)
また,毎月25000件の電話を盗み聴きしたことも分かりました。

発問2:

このようなことをされたら,どんな気持ちですか。
(1人に問う。その後,「同じ気持ちの人」「違うという人」と全体に確認する。)

「最悪です。」「気持ち悪いです。」「イヤな気持ちです。」と言っていた。

説明7:

(●テキスト「新聞や雑誌などの印刷物の検査」・写真「昭和20年代の新聞」を提示)
新聞や雑誌などの印刷物。これは印刷前に連合国が目を通しました。
連合国が発表を許したもの以外は日本で印刷できませんでした。

説明8:

(●テキスト「ラジオ放送原稿の調査」・写真「昭和20年代のラジオ」「ラジオ放送のスタジオ」提示)
ラジオ放送。放送する前に連合国が原稿をチェックしました。

説明9:

(●テキスト「検閲」提示)
このように,人が言ったり書いたりしたものを,そのまま認めてよいかどうかを調べることを「検閲」といいます。 

説明10:

(●資料「削除または掲載発行禁止の対象となるもの」提示)
連合国の作った検閲のチェック項目を見てみます。

発問3:

日本人が,新聞や雑誌で東京大空襲や広島,長崎の原爆について悪く書くことは出来たでしょうか。(挙手させる。)

 子供たちにも予備知識があって、できなかったのではないかという意見が大多数を占めた。

説明11:

(●テキスト「“アメリカ合衆国に対する批判”」強調・写真「原爆のキノコ雲」「空襲」提示)
連合国は,空襲や原爆について,日本人が悪く言うことを禁じました。
戦争の被害についての発表も許しませんでした。

発問4:

日本人が,連合国の「検閲」について発表することは出来たでしょうか。(挙手させる。)

「できていたら、当時の日本人が驚いて、抗議をすると思う」と言っていた。

説明12:

(●テキスト「“検閲制度への言及”」強調・写真「GHQ」提示)
連合国が検閲を行っているということ自体,秘密にしました。
当時,一般の日本人は「検閲」があったことを知りませんでした。

説明13:

(●写真「『太平洋戦争史』」提示)
連合国がまとめた,「太平洋戦争の歴史」の本です。
太平洋戦争では日本が全て悪かったという立場に立った歴史です。
これは,日本のほとんどの新聞に載せられ,多くの日本人が読むことになりました。
中には事実でないものも含まれていました。
(●写真「『真相はかうだ』」提示)
 『真相はかうだ』というラジオ放送。
この『太平洋戦争史』をラジオ劇にしたものです。半年間放送されました。
(●テキスト「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」提示)
連合国はこれらを「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」と読んでいました。
「戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」です。

☆注:昭和4年,ニューヨークに端を発した世界恐慌の結果,世界各国は経済ブロックを築き,排他的な経済圏をつくった。
    その経済ブロック内でのみ経済関係を保っていた。広い植民地をもち,豊かな資源がある国のみが生き残れる政策である。
    日本はその中で孤立させられたのはいうまでもない。
    日本はこれに対抗し,当時欧米の植民地と化していた東アジアの国々を独立させ,大東亜共栄圏を築こうとした。
    そのために行われた戦争が,大東亜戦争である。
    連合軍の占領下,「大東亜戦争」という呼称は検閲の対象とされ,「太平洋戦争」と書き直させられた。

発問5:

当時の日本人の「言論は自由であった」と思う人? 「言論は自由ではなかった」と思う人?(挙手させる。)

全員がなかったに手を挙げた。

発問6:

このような状態は,何年間続いたと思いますか。
(★2~3人に問う。発言がある毎に「同じ考えの人?」と全体に確認する。)

基準がないので、
「2年くらいだと思います。」
「10年ぐらい」などと言っていたが、教科書や資料集を調べて、
「1945年の終戦から、サンフランシスコ平和条約までの7年弱。」と答えた子供もいた。

説明14:

(●「サンフランシスコ講和条約」提示→範読)
サンフランシスコ平和条約。日本と連合国の間に結ばれた条約です。
「第1条 日本と各連合国との間の戦争状態は,この条約が効力を生ずる日(昭和27年4月28日)に終了する。」

発問7:

(●テキスト「戦争状態は,昭和27年4月28日に終了する。」強調)
戦争状態は,いつ終了したのですか。

子供たちは、資料集や教科書を見て答えた。
「昭和27年4月28日です」

説明15:

(●テキスト「降服・戦争終了」提示)
その通り。降服したのは,昭和20年8月でしたが,戦争は昭和27年に終了したのでした。
(●テキスト「占領期間」提示)
「言論の自由」がなかったのは約7年間です。この間,日本は連合国に占領されていたのでした。

<修正部分>

 今回の「占領下の検閲」では、原実践では、GHQからの仕打ちによって、子供たちには悔しさばかりが色濃く残るので、白洲次郎のことを短く語りを入れた。実際、白洲次郎のエピソードを語るまでの子供達は悔しさにイライラしている様子であった。しかし、白洲の話が出てきた時には、胸がすくような表情で授業を受けていた。
 「占領」と言う屈辱的な中でも、ただやられっ放しだった訳ではなく、日本人としての誇りを持って戦った人がいるエピソードを入れたかった。
 白洲次郎は、その人1人だけでも、1時間の授業ができてしまう程の物凄い人物だが、今回は、「占領下の検閲」などのGHQの圧力の最中でも、マッカーサーに堂々と意見し、日本国憲法制定時や、サンフランシスコ平和条約の吉田茂の演説原稿の時などに、日本人としての矜持を行った者の一人として授業の中で扱った。

指示1:

今日の勉強の感想をノートに書きなさい。

【子供たちの感想】

1.
GHQは、日本を7年間も監視し、検閲され、悔しいと思った。
GHQのウォーギルドインフォメーションプログラムが長い間行われたために、
日本人は洗脳され、教科書にも本当のことが書かれていないのは残念だった。
また、マッカーサーを叱れる男といわれた白洲次郎みたいな人が多くいれば、
日本は外交で失敗しないのではないかと思った。

2.
白洲次郎は表にはあまりでてきていないけど、白洲次郎の存在が大きかったことが分かった。ウォー・ギルド・インフォメーション・プラグラムという計画を初めて知った。

3.
わたしは、マッカーサーに対して白洲次郎さんは決してびびらず、自分の意見をいえるのはすごいと思いました。

4.
GHQはいいことばかりしてくれていたと思っていたのに、実は全然違って驚きました。
白洲次郎のおかげで、日本人のプライドが傷つけられなかったと分かったので感謝したいです。

5.
GHQは最悪なことをしたなと思った。
最初、「GHQ様様」と言っていたけど、全然「様様」じゃなくなった。

6.
社会には裏側があっておもしろいと改めて思った。
昔は日本人がこんなに活躍しているのに、今の政府は弱いなと思った。
自分が新しく政府の人になったら、昔のような日本のようにしてやりたいと思った。

7.
日本がかなりひどい催眠をさせられていたと知ってひどくむなしさを覚えました。
けれども、アメリカに文句を言える人がいてとてもうれしく思いました。
日本がとてもいい国であると歴史に残るといいです。

〈参考資料〉

◆江藤淳『閉された言語空間 ~占領軍の検閲と戦後日本~』文春文庫
◆齋藤武夫『学校でまなびたい歴史』扶桑社
◆名越二荒之助『昭和の戦争記念館 第二巻 大東亜戦争と被占領時代』展転社
◆岡崎久彦『吉田茂とその時代』PHP研究所
◆ヘレン・ミアーズ(伊藤延司訳)『アメリカの鏡・日本』メディア・ファクトリー
◆渡部昇一『かくて昭和史は甦る』クレスト社
◆渡部昇一『国を語る作法』PHP研究所


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