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TOSSランドNo: 2210401 更新:2012年12月05日

日本刀と鉄砲で日本人の気概を育てる


日本刀と鉄砲に学ぶ! 
 
 日本を代表する超一流企業にTOYOTAがあります。
 言うまでもなく日本の自動車産業界のトップ企業です。
 先日アメリカのフォードを抜き、世界第2位の自動車メーカーとなりました。
 その他にも、日本製品は世界市場にその名をとどろかせています。
 例えばデジタルカメラとVTRカメラは世界の90%、DVDレコーダーは80%、液晶テレビは
77%、プラズマディスプレイテレビは72%を占めています。
 電子部品ではCCD(電荷結合素子)は、ほぼ100%、携帯電話機の周波数制御機能を担うTC
XO(温度保証方水晶発振器)は90%が日本製です。
 OA機器も、レーザープリンターなどのページプリンターは93%、コピー機は74%、ファクシ
ミリは69%、インクジェットプリンターは64%が日本製品が占めているのです。

 このように、世界を席巻する勢いのある、日本の高い技術のルーツはどこにあるのでしょうか。
 ぜひ、これを授業したいと思いました。
 そこで、今週の道徳でこれを授業しました。
 日本刀と鉄砲の授業です。以下に紹介致します。(名前は仮名)

発問1:

日本刀は、世界中の刃物の中でも最も鋭くよく切れます。明治時代、日本を訪れた西洋人は、刀を作る技法に驚きました。彼らは日本刀を持ち帰り分析しましたが、同じ刀を作り出すことはできませんでした。なぜ、西洋人には作れなかったのでしょう。

       ア 高温で熱することができなかった。
       イ 良い鉄がなかった。
       ウ 鍛えて焼きを入れることができなかった。

 どれが原因だと思いますか。
 アと答えたのは清水さんが1人でした。イが7人、ほとんどの生徒はウと予想しました。21人いました。
 答えは、ウの「鍛えて焼きを入れることができなかった」です。
 次のような説明をしました。

説明1:

 日本の文化が世界に紹介され初めてから、浮世絵の技法と刀の技法に西洋人は驚きました。
 彼らは、日本の刀を持ち帰って分析しました。その結果、刀の鉄の成分などは分かったのですが、同じものを作ることはできませんでした。
 刃物として日本の刀に一番近い応用といえば、ドイツのジリンゲンというカミソリくらいです。鉄を溶かすためには、1800度の高熱が必要です。ヨーロッパにはコークスという高熱を出す燃料があったので、鉄を溶かして鋳型に流し込めば刀はできました。
 しかし、昔の日本の燃料は最高でも1200度にしかならない木炭しかありませんでした。そこで、完全に溶けきれない鉄をたたくことによって均質にし、さらに刃の部分に焼きを入れ、そこだけ硬さを増し、薄く研いだ時によく切れるようにしたのです。

 刀鍛冶の様子は、多くの生徒がテレビ等で見たことがあったようでした。
 うなづきながら聞いていました。
 そこで、次の発問をしました。

発問2:

日本刀をつくる時は、鉄の中の不純物を減らすため、鉄をたたいて鍛えます。重さがどれくらいになるまでたたくのでしょう。

       ア 2分の1
       イ 3分の1
       ウ 10分の1

 アと答えたのは山田くん1人でした。イが17人、ウが10人と分かれました。
 答えは、「イの3分の1になるまでたたく」なのです。

説明2:

 鉄の中の不純物を減らすため、重さが3分の1くらいになるまでハンマーでたたき出します。
 刃の部分以外に粘土を塗って火の中で焼き、焼けたものを生ぬるい水の中につけます。すると、粘土のない刃の部分は硬くなり、粘土に包まれた刀全身は柔軟性のある柔らかさを持つようになります。
 日本には木炭という低温燃料しかありませんでした。しかし、そういう不利な条件が、鍛えて焼きを入れるという知恵を生み出しました。そして、世界一の硬さと柔らかさを合わせ持った切れ味鋭い日本刀を作り上げたのです。

 低燃料の木炭を使って世界一の刀をつくったのです。日本人の祖先たちの素晴らしい知恵と努力と工夫する力、技術力に感心します。
 日本刀の説明をした後、鉄砲の話に移りました。

発問3:

 1543年(天文12年)、ポルトガル人を乗せた貿易船が種子島(鹿児島県)に流れ着きました。そのとき、鉄砲が伝えられました。
 当時16歳だった島主・種子島時尭は、2丁の鉄砲を買いました。
 時尭は、どれくらいの代金で買ったのでしょう。

 ヒントを出しました。当時のお金で2000金です。
 現在のお金にすると、いくらくらいになるかを予想させました。
 
 9万円以下が3人、10万円台 が2人、100万円台が7人、1000万円台が12人、1億円台が5人でした。

 2000万円と答えた生徒が一番多かったようです。

説明3:

 答えは1億円で買ったのです。2丁で1億円です。1丁5000万円ということです。
 今井さんが1億円と予想し、当たりました。
 1丁5000万円ですから、かなり高額です。家が建ちます。
 この時尭の話は、大金を出してでも新しいものを手に入れようとする日本人の好奇心をよく示していると思います。
 時尭は、なぜ2丁買ったのでしょうか。
 1丁は、鉄砲として使うために、もう1丁は研究させるために買ったのでした。

 そう説明した後、次の発問をしました。

発問4:

種子島時尭は家来らに鉄砲作りを徹底的に研究させ、ついに国産の鉄砲ができました。では、国産第1号の鉄砲は、鉄砲が伝わってから何年後にできたでしょう。

 小林くんの2年後から高橋さんの100年後まで、沢山の意見が出ました。
 ほとんどの生徒が、10年後~20年後の中で予想していました。
 これ、答えはなんと鉄砲が伝わった翌年1544年には完成していたのです。
 多くの生徒の予想が外れました。みんな驚いた様子でした。
 次のように説明しました。

説明4:

 答えはなんと鉄砲が伝わった翌年1544年には完成していたのです。
 日本人は、1543年に種子島に伝えられた2丁の鉄砲を見ただけで、翌年には鋼鉄製の鉄砲をつくってしまいました。
 同じ16世紀、南アメリカのインカ帝国にもスペイン人が鉄砲を持ってやってきました。そして、スペイン人にやられ、数年足らずのうちにインカ帝国は滅亡してしまいます。

 なぜ、日本人にはそんなことができたのでしょうか。
 次の発問をしました。

発問5:

ポルトガル人は、鉄砲と交換にたくさんの銀を得て自分の国に帰りました。そして、船に鉄砲を山盛りにして再び日本にやってきました。鉄砲のない日本に鉄砲を売って大もうけするためです。ところが、彼らが思ったほど高い値段では鉄砲が売れませんでした。なぜでしょう。

 これは、ほとんどの生徒が同じ答えでした。
 「日本でたくさん作っていたから」という金井さんの答えに代表されます。
 これが、正解です。すでに日本では、国産の鉄砲が大量生産されていたのです。
 正解を言った後、次のように説明しました。

説明5:

 すでに日本では、国産の鉄砲が大量生産されていたのです。
 インカ帝国はあっという間に鉄砲の文化に滅ぼされました。ところが日本人は、鉄砲を製造し、改良し、大量生産しようとし始めていました。これは、当時の白人以外では日本人だけです。
 鉄砲が伝来してからわずかの期間で日本全国に普及したのは、日本刀を製造する高度な鉄の加工技術があったからです。
 当時の刀鍛冶たちは、刀を大量生産するシステムをすでに作り上げていました。
 そんな技術集団が鉄砲作りに取り組んだからこそ、鉄砲は短期間に国産化できたのです。

 日本人は、刃物の最高峰の武器である日本刀を発明していました。
 その技術力があったからこそ、西洋人の発明した鉄砲を2丁手に入れただけで、1年後には国産の鉄砲を完成し、大量生産することができたのです。 

 ポルトガル人は、日本にたくさんの鉄砲を売って大もうけするはずだったのに、すでに大量生産のシステムができあがっていた日本人の技術力を見て、さぞ驚き、落胆したことと思います。
 
 さて、この鉄砲が戦の中心的な武器として使われるようになるのは、鉄砲が伝わってから30年後くらいになります。
 これを使ったのは、戦国時代の天才織田信長です。
 織田信長が、当時最強といわれていた武田の騎馬隊と戦った時に鉄砲を大量に使ったのです。この戦いを何というか尋ねてみました。
 みんなわかりそうで分からないような顔をしていました。
 関ヶ原の戦いとか、姉川の戦い・・・なんていう名前が出てきました。
 正答を言ったのは桑原くんと齋藤くんのコンビです。
 桑原くんが答えてくれました。「長篠の戦い」です

発問6:

鉄砲が伝わってから32年後の長篠の合戦(1575年)の時には、3000丁もの鉄砲が織田信長の軍によって使われます。信長はヨーロッパにもない近代的な戦法を考えました。どんな戦法でしょう。

 これも、有名な戦法なのでほとんどの生徒が答えられました。
 前の人が撃ったら、後ろへ行き、次の列の人が撃つ。それを繰り返す・・・というような説明が多かったようです。
 最も正確に答えてくれたのは若林くんです。
 「3列に並び、1列目が撃ったら後ろに行き、用意する」と答えてくれました。
 これが正解です。これを、「3列交代の戦法」と言います。
 そのように言ってから、次のような説明をしました。

説明6:

 当時の鉄砲は1発撃つ度に銃口から火薬や弾を込め直して撃たなければなりませんでした。そのため、敵が射程内に入ったところで最初の1発を撃っても、2発目を撃つ頃には騎馬隊ならば目の前に突進してきます。
 そこで信長は、鉄砲隊の前に柵を作り、騎馬隊がすぐに突入できないようにしておいて、3000丁もの鉄砲を3列に分けて配置しました。
 1発目を撃つと、すぐに引き下がって2列目のものが撃つ。同様に3列目のものが撃つというようにして、間をあけずに撃てるようにしたのです。
 天才信長のこの戦法は、世界初の戦法でした。西洋でこの戦法が使われ出したのは、第1次世界大戦の終わり頃です。なんと、信長の鉄砲隊の350年後なのです。
 そして、関ヶ原の合戦(1600年)では、約5万丁の鉄砲が投入されたと言います。この頃の日本は、すでに世界最大の鉄砲生産国になっていたのです。

 生徒はしっかり説明を聞いていました。
 そこで、最後の発問をしました。

発問7:

この頃日本は世界有数の鉄砲大国になっていましたが、では、日本の所有する鉄砲の数は、世界中の鉄砲の数の何%くらいだったと思いますか。

 どのくらいだと思いますか。
 生徒の予想は、30%~100%までちらばりました。

説明7:

 答えは、なんと「50%」です。
 鉄砲が日本に伝わってから約50年後には、日本は世界の50%の鉄砲を所有する国になっていたのです。

 日本の技術力の高さは、今に始まったことではありません。
 300年も400年も昔から、変わらず、世界一流の技術力を持ち続けているのです。
 それこそが、日本の底力であり、世界が恐れる部分でもあるのです。
 ぜひこれを子々孫々まで伝承できる日本人に育ってほしいと願います。

 最後に本時の授業の感想を書かせて終わりにしました。
 日本の技術力や織田信長の天才性について触れていた生徒が多かったようです。

 日本刀と鉄砲の授業の感想を紹介致します。(順不同・敬称略)

ア:昔から日本の技術が世界でも優れていることが分かった。鉄砲が2丁で1億円もするほど、当時
  ではすごい発明だったと思った。

イ:今日は、日本の刀や鉄砲についてやった。1575年の長篠の戦いで、日本が3000丁も鉄砲
  を使ったのには、ビックリした。あと、5万丁の鉄砲を、日本が50%も持っていたのにも、ビ
  ックリしました。

ウ:日本はとてもすごい国だなあと思いました。織田信長もすごい人だなと思いました。日本に世界
  中の50%があったなんてビックリしました。日本の歴史上にのってない人でも、地道に日本の
  ために頑張っている人達がいっぱいいたんだなと思った。

エ:ポルトガルから伝わった鉄砲を、たった1年で完成させてしまうなんて、すごいと思いました。
  日本刀など、優れた物を作ったりしていて、鍛冶屋さんの技術はすごく高かったんだなあと思い
  ました。

オ:日本は刀を作るに当たって、外国より悪い条件で作っていたのに、「焼きを入れる」という技術
  を持っていたために、すごい日本刀が作れたことに、ビックリした。焼きを入れるのをテレビで
  見たことがあるけど、外国はこれができないのにも驚いた。
  鉄砲も、わずか1年でまねをして作ってしまったのは、すごいと思った。大量生産で、5万丁、
  世界の50%も日本にあったのも、すごいと思った。

カ:鉄砲を2丁買うだけに今のお金の1億円ものお金がかかるなんてビックリした。それに買った鉄
  砲と同じ物を1年の間に作ったなんてものすごいと思った。日本人はすごいと思った。

キ:ポルトガルから伝わった鉄砲を、たった1年で生産する技術はとてもすごいと思った。日本刀は、
  そんなに良い鉄ではないけれど、世界でトップレベルの切れ味を持っているとは驚いた。日本の
  技術は昔からすごいんだなと感じた。

ク:日本の技術は昔からすごいと思った。長篠の戦いでは3000丁、関ヶ原の戦いでは5万丁の鉄
  砲を使っていたなんて初めて知った。

ケ:鉄砲や日本刀の事が、今日の授業で少し分かったと思います。新しい戦い方を聞いて、すごいと
  思いました。とっても勉強になりました。

コ:いろいろ詳しく知った。日本の技術はすごいと思った。特に鉄砲ができるまでに驚いた。

サ:日本が鉄砲をたった1年で作れたなんてすごいと思いました。しかも何年か後には、もう世界の
  鉄砲の半分を作っていたなんて、ほんとに日本はすごい国なんだなと思いました。

シ:信長が考えた戦法はすごいものだったんだと知りました。5万丁という鉄砲を使ったこと、それ
  は当時世界の50%だったことを初めて知って驚きました。日本の技術は高いものだったんだな
  あと思いました。

ス:日本はすごい!と思った。誰にもまねできない刀を作ったり、鉄砲が伝わってからおよそ1年後
  に、同じ鉄砲を作ったり、とにかくすごいと思った。1億円で鉄砲を2丁を買ったり。織田信長
  の戦争の仕方もすごいと思った。昔は、日本がこんなにすごい国とは、思わなかった。

セ:鉄砲が日本に渡って、わずか1年で同じ物を作り上げてしまうなんて、日本の技術は昔からすご
  かったんだなあと思った。その時代、鉄砲の扱いのほぼ半分を日本が占めていたなんて驚いた。

ソ:日本刀も鉄砲も日本の技術力はすごく優れていると思いました。たった1年で日本製の鉄砲を作
  れるなんて、すごいと思いました。日本刀でも工夫して、外国に真似できない刀を作ることがで
  きたのも、すごいと思いました。時計などもそうだけど、本当に日本人はすごいと思いました。

タ:鉄砲を見ただけで、それと同じものをたったの1年で作ったなんて、驚きました。織田信長も、
  長篠の戦いで行った戦法を、1番初めに考えたなんてすごい人だなあと思いました。

チ:鉄砲を作るのに、そんなに難しいなんて知らなかった。とてもいい勉強になったと思います。

ツ:今日初めて鉄砲の勉強をしました。知らないことがいっぱいあったけど、ちょっと勉強になりま
  した。

テ:世界の鉄砲の約50%が日本にあるなんて、昔から日本には優れた技術があったんだと思いまし
  た。

ト:戦国時代の歴史を知った。日本が世界の50%の鉄砲を持っていたということに、すごく驚いた。

ナ:鉄砲を1年で作るなんてすごいと思いました。それに、2丁で1億円もするなんて思いませんで
  した。分からないことが多かったけど、勉強になりました。

ハ:日本刀と鉄砲の授業をした。自分の好きな銃の名前はAK-47カラシニコフやPSG-1だけ
  ど、今日の授業で火縄銃も好きになった。ちなみにAK-47カラシニコフは、ゲリラの使って
  いる銃です。

ヒ:日本刀もすごかったけど、鉄砲もすごかった。とても驚いたのは、日本には五万丁も鉄砲があっ
  て、世界の50%が日本にあったということが驚いた。西洋から伝わってきたものなのに、日本
  が1年で完成させるなんて驚いた。日本刀も技術もすごいと思った。もし日本の鉄と燃料が優れ
  ていたら、こんなに素晴らしいものはできなかったので、優れていなくても、良いものは作れる
  んだなと思った。

フ:織田信長が3000丁もの鉄砲を使っていたなんて、初めて知った。その鉄砲を使った戦術を考
  え出したなんて、すごいと思った。

ヘ:鉄砲の歴史に、そんなにもすごいことがあったなんて知らなかった。

ホ:人を殺す鉄砲というものが、日本にたくさんあったということは、少し嫌だった。日本が刀のこ
  とで世界で一番になっても、嬉しく感じなかった。

マ:鉄砲が日本に渡って、たったの1年で同じ物を作ってしまうなんて、すごいなと思った。

ミ:ポルトガル人が鉄砲を伝えにきた時に、1億円も出して、鉄砲を2丁買ったと聞いた時、驚いた。
  そんなにお金を出さなくても良いような気がした。

ム:今日の授業では、歴史のことが多かった。最後の問題(日本は世界の鉄砲の所有量のどのくらい
  あるかという問題に対して、100%と答えたら)で100%はありえないと言われてしまった
  ~!!

 日本の技術力が昔から高かったという事実に触れ、日本に誇りを持ったというような感想を書いている生徒がたくさんいます。
 とても嬉しく思います。まずは自分の生まれた国を知り、その誇るべきところを知ることが、他国を認められる心の余裕を生む原動力になります。
 自分の国を誇れる人こそが、真の国際人になれるのです。 

 日本は現在、不景気であると、マスメディアは毎日のように情報を流しています。
 しかし、前述したように、家電であれ、OA機器であれ、自動車であれ、ハイエンドの工業製品は、依然として日本の独壇場にあります。
 自動車は、アメリカのイメージが強いと思いますが、しかし、実際には圧倒的に日本が強いのです。
 2002年の国内生産台数は1位がアメリカの約1230万台、2位が日本の約1026万台ですが、日本は海外生産台数が約765万台に達しているので、実質的な生産台数は日本が世界一なのです。
 TOYOTAの利益は、何と1兆円を超しました。
 韓国の国家予算が約9兆円です。たった1企業で韓国の国家予算の9分の1の利益を上げたのです。そのすごさがわかります。
 工作機械や金型機械、ロボットなどの分野では、日本の独壇場です。
 中国や韓国の工業の発展はめざましいものがありますが、中国や韓国の工業が栄えれば栄えるほど、日本の工作機械や金型機械が必要とされるのです。
 コンピュータのOS(基本ソフト)をはじめとするIT関連のソフトテクノロジーは今のところアメリカが断然強く、日本は太刀打ちできませんが、おそらく今後「改善」の段階にはいると、日本に分があるという予想もされています。
 戦国時代の日本刀や鉄砲作りから、脈々と続く日本の技術力は、現在でも世界のトップにあるのです。
 この事実を忘れず、日本に生まれたことに誇りを持ってほしいと願います。
 そして、いずれ誇るべき日本の技術を伝承し、発展させることのできる日本人になってくれることを、心より祈っています。
 君たち「若者」こそが、日本の財産なのです。 


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