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TOSSランドNo: 8043483 更新:2013年08月23日

向山洋一氏の学級通信にみる保護者との信頼関係をつくるシステム(指導案)


A 保護者を巻き込むパーティー

大森第四小学校時代

1 教師2年目の向山洋一氏
  2年目・25歳・4年生担任・学年通信「あすなろ」
  保護者の意見などは出ない。

2 教師3年目で保護者を巻き込む
  3年目・26歳・4年生担任・学年通信「あすなろ」
  「あすなろ」7月13日に次の言葉がある。
 キャンプファイアー夏休み
五年生は 夏休み七月二十九日 午後六時〜九時の予定で 学校でキャンプファイヤーをする予定です。
夏休みの一日 教師とともに遊ぶため、そして来年の伊豆高原への準備もかねて。
具体的なことは、実行委員の児童がきめますが その計画いかんでは、父母の方にお手伝いしてもらうことができるかもしれません。
 この後、キャンプファイアーは巨大なうねりを伴うイベントとなる。
 各クラス(3組)より希望した31名に、一人一人原案の提出が求められた。最初n実行委員会で、制服委員長を決め、全体の案の骨格がきめられた。第二回実行委で、一応の原案ができあがり、各クラスの討論にかけられた。そこで修正されたものを再び、整理し、各クラスへもどし、三回のクラスとの往復をへて、計画が立てられた。ファイヤーの木も、父母にたのんで、古材をもらいうけた。
『年齢別実践記録集第3巻』p.50より引用
 お母さま方へのお願いの文が『向山洋一年齢別実践記録集第3巻』p.68に収録されている。向山氏の字ではない。学年団の先生か、向山氏の指導のもと、子どもが書いた文だと推測される。
お母さま方へのお願い
夏休みの、7月29日に行われるキャンプファイアー、計画は進んでいます。が、一つだけお母様方のご協力を得なければならないことがあります。それは、食事の時の準備、作り方です。
準備には、かま(ごはん用、なるべく大きい物)それに米一合半ぐらい用意して、いただきたいと思います。かまは、ごつごうのよろしい方だけ、29日に、お子様に学校までおもたせ下さい。米は18日に、お子様に学校へおもたせ下さい。
なお、食事のこんだては、『カレーライス』にしましたが、作り方がよくわかりません。そこでお母様方のうでのいい所を見込んで、食事を作っていただきたいと思います。ぜひともごつごうをつけて、7月29日午後五時ごろに、学校までおこし下さい。
 お願いいたします。
 料理等で、保護者が大いに活躍したと推定される。保護者を巻き込む大イベントであった。

3 教師4年目・授業参観で保護者を巻き込む
  4年目・27歳・6年生担任・学年通信「とっぴんぱらりのぷう」
  1971年5月15日(土)授業の参観の子どもの感想が「とっぴんぱらりのぷう」第10号に載っている。
5月15日(土)
今日は、お母さんが勉強を見にきた。
3時間目はふつうの勉強しかやらなかった。4時間目が終わってから、お母さん方とフォーク・ダンスをやった。1時間だけだったが、みんなうれしそうだった。ぼくも、お母さんがたとやるのは、うれしかった。
お母さん方は、おぼえがいいので、すごくやりよかった。
原田俊一
『向山洋一年齢別資料集第4巻』p.112より引用

B 学級通信に保護者を巻き込む

4 教師4年目・向山氏への批判
  4年目・27歳・6年生担任・学年通信「とっぴんぱらりのぷう」
  1971年5月31日発行「とっぴんぱらりのぷう」第12号に載っている。
向山氏は次のように前書きを書いている。
「向山先生への批判」
 子ども達の日記の中には、良かれ悪しかれ教師のことが出てきます。良いことはともかく、悪いことは公開するのがいやなものです。しかし、教師がうしろ向きでは、日頃子どもたちに、たくましくなるように教育しているのがうそになってしまします。
教師が前向きに進むとき、子どもは自然に前に進むと思うからです。
その一つとして、5月29日の江口さんの日記を書きます。お子さんと読んで話しあってみてください。もっと、先生への注文があったらえんりょなく申し出てください。
影での批判はお子さんにとってもよくありませんが、正面きった批判ならきっと良くなります。私達三人は、子どもにとって必要なら、どんなことにも耐えられる教師だと、思っています。
『向山洋一年齢別実践記録集第4巻』p.114より引用
 目を背けたくなるような教師への批判も「正面きった批判ならきっと良くなります。」と受ける向山氏の大きさを感じる。

5 二代目・保護者の意見が初めて学級通信に載る
  教師5年目・28歳・4年生担任・学級通信「アンバランス」
(1)1972年4月発行「アンバランス」第1号に次の文が載っている。
「おねがい」
こんどから、子供達の作品などものせていきたいと思います。父母のみなさんの声ものせていきたいと思います。そこで、お願いですが、何かの質問、意見、感想があったら連絡ノートに書いて下さい。さしあたり、教師への注文、たのみは全員出して下さい。恥ずかしがらずに…。私に真剣さをおのぞみなら、ぜひお願いします。教育とは父母と教師が作っていくのですから…
『向山洋一年齢別実践記録集第6巻』p.25より引用
特に、「さしあたり、教師への注文、たのみは全員出して下さい。」とある。全員と書かれていることに価値がある。保護者を巻き込み、学校と家庭と連携して子どもを育てるという強い意志が表れている。それは「教育とは父母と教師が作っていくのですから…」にも表れている。

(2)1972年4月17日発行「アンバランス」第2号に次の文が載っている。
十人近くの方から、手紙をいただいています。順番にのせていきたいと思います。まだの方、この新聞の感想、子供とのできごと、何でもいいのです。およせ下さい。私は父母の方々の真剣さが足りないと教育ができないのです。おまかせしますは、私に何もするなということです。
 「私は父母の方々の真剣さが足りないと教育ができないのです。」や「おまかせしますは、私に何もするなということです。」に全員の保護者を巻き込む気概を感じる。

(3)保護者の便りが次々と学級通信に掲載される。日程と紹介された人数を挙げる。
4月17日 1人   
4月18日 8人   
4月19日 2人   
4月20日 3人
4月22日 5人   
4月23日 1人   
4月26日 1人   
4月27日 3人
4月28日 2人   
5月 2日 2人   
5月 6日 2人   
5月 8日 2人
以下略

(4)保護者の便りを掲載するとき、子のイニシャルを入れるかどうか。
 4月20日の学級通信に次のやり取りが掲載されている。
父母より
アンバランスにのせる場合、名前の頭文字を書くことは、名前を書くのと同じで、何でも、どんな事でもといわれても、思ったことの半分も書けない。との声を耳にしましたので、その点ご考慮、お願いします。
向山氏
わかりました。内容によってはそういうことがあるかもしれません。これからは、A.B.Cとしていきます。これでいいでしょうか。(僕はできたら、頭文字は入れたいのです。僕たちが、何でもいいあえるしょうこですから。ですから、頭文字を入れてもいい場合は、そのむねをつけ加えて下さい。)
『向山洋一年齢別実践記録集第6巻』p.33より引用
4月20日までは「H・T(男子)の母」の用に、このイニシャルを載せていた。4月20日以降は、「A(女子)の母」、「C女の母」などへ変化している。

(5)父母を同じ土俵にのせる。
1972年4月23日「アンバランス」No.8に掲載されている。
「やっと本番だ。洋さん物申す。」
「うちの子は物をいわない。発表しない。」そういう母親が多い。そうした子供も多い。じゃあ、どうしたらいいんだ。「先生おねがいします」じゃあ、俺はいやだよ。「おねがいします」といわれて「努力します」と、どこかの大臣がにげ道を含めた答えをするようなのは俺の性分じゃあねえ。(ま、やるだけやって、ダメならいいです)とお母さん達がいうなら別だが……。
子供の可能性をひきだすというのは、子供と教師の必死の斗いの中に、かすかに保証される。その泥くさいかくとうを通し、時には子供の心の奥までふみこんで、無いところに何かをつくり出す過酷なかっとうを通して、かすかに保証される。教師の全神経をすりへらし、プロとしての内容をひっしにつくりあげ、なまけようとする自分の弱さと斗いながら、それはすすめられる。それでも、うまくいって、子供の可能性をつぶさない所までだ。可能性をのばすのが、どれだけ大変なことか(ぐちるわけじゃねえが)、心してもらいたいな。そして、そいつは、教師だけじゃなく父母にも要求される。父母も又、重要な子供にとっての教育者なのだから…。
だから、教師と父母との本物の教育集団がつくられる中で、子供たちは、本物の強さをもった子への出発をすることができるんだ。そんな教育集団の教師と父母とのことばは、「先生おねがいします」じゃあないよ。「先生いっしょにやりましょう」じゃあなければ…。そういう気持ちをこめての「おねがいします」にしてもらいたいな。
『向山洋一年齢別実践記録集第6巻』p.38,39より引用

1972年5月2日「アンバランス」No.13に次の文が掲載されている。
今迄、お手紙をいただいたのは、25名です。さいそくがましいのですがまだの方、ぜひ。父母の意見がないのなら、僕は、何もやりませんよ。いやいやそいつはひどい。僕はてきとうにやって、あとは知らないですよ。父母が子供のことに真剣でないのなら、僕も又、そうします。何もいそがしい中をアンバランス一号作るのに、僕は毎日、二時間をさいているのです。僕のことなぞわかってくれなどと、おしつけがましくいうつもりはないけれど、25人分の発表じゃあ、1/3がぬけてて、片手落ちというもんだ。全員をわからせるというのは、全員にいってもらうという父母の熱意がなけりゃあ。(そこで、こういうでしょう。この馬鹿!!どこの世界に子供を思わぬ親がいるのか。少しは親のいそがしさを考えてみろ!って)また。そこまでいけば別だけど、俺(僕がこう変わった)みたいな、ゆずうのきかない教師にうけもたれたのが、身の不運とあきらめて下さいよ。25人の親ごさんも「いそがしい」「字がへた」「漢字がいや」「手紙なぞ書いたことない」「何書いていいのかわからない」といいつつも、手紙をくださったのだから…。まあ、五月いっぱいあたりには、たのんますよ。一度の人も、二度、三度と。こちらが、悲鳴をあげるくらい。
子供の方も、一人ももれないように、父母・教師集団の方も、一人ももれないようにいきましょうや。
『向山洋一年齢別実践記録集第6巻』p.48より引用
まだ便りのない父母への詰めである。向山氏の暖かさと厳しさがうかがえる。また、全員の子供を成長させるとうプロとしての気概が伝わってくる。

(6)親学
①1972年4月26日「アンバランス」No.10より
この前、教師のきびしさをいった。自分にきびしく、勉強している教師が必要だと。親もそうだ。自分の子供を何とかしたいのなら、自分も又勉強する事だ。親もかわらなければ、子供はかわらない。ほうっておけば何とかなるというのはウソだ。何も、算数を、理科をやれというのじゃあない。もっと大切なこと、子供のこと、教育のことについて勉強しなければ……。
1.最低必要な勉強の方法を、4つ教えよう。むずかしいことじゃない。
2.アンバランスを必ず読む事。(下手な本よむより、こっちの方がいい)
3.子供と学校の話しを毎日すること。短くていい。聞いてやること。
  アンバランスに、二週に一度ぐらい手紙を出す事。できたら週一度がいい。書く事を通して、
  自分が成長する。(恥ずかしがって、書かない人の子供が、どうして書くようになる?)
4.父母参観日に、できる限りくること。
以上をやれば、子供はかわるよ。自分も成長する。何せ、子は親の鏡だから……。
『向山洋一年齢別実践記録集第6巻』p.43より引用
向山氏はプロ教師としての自分への厳しさを追求している。また、保護者にも、教師への意見等を寄せるようお願いしている。自らが変わるように、自らを追い込んでいる。教師が成長しなければ、子どもは成長しないからだ。そして、保護者にもその厳しさを求めている。親もまた、成長しなければ、子どもは成長しないからだ。
 まさしく、親学を当時から実践している。
②朝は顔を洗って歯をみがく
1972年6月9日「アンバランス」No.40に「朝は顔を洗って歯をみがく」このお願いの文が載っている。また、6月15日の「アンバランス」No.44でも「本日洗ってこない者」と「歯をみがいてこない者」が載っている。
③講演会を薦める。
④教育雑誌を薦める。
1972年6月7日「アンバランス」No.39に「教育雑誌のすすめ」がのっている。「子どものしあわせ」という雑誌だ。

(7)子どもの名前を出す。
1972年4月27日「アンバランス」No.14から、子供はイニシャルではなく、名前が掲載されている。通信では「子供は、名前出すよ。どうせ分かるのだから」と書かれている。

(8)家庭学習の定着
1972年5月8日「アンバランス」No.17で、向山氏はお母さん方へ次のように呼びかけている。
以下の文はクラス全体を代表している。
◎私たちの班は、ちゃんと計画表どおりに、1時間30分、机にすわっていることができます。ご安心ください。でも、もし忘れて机にむかわないときは私達がつくった表にわけを書きます。
◎私たちは、計画表を作りました。三日ぼうずにならないように努力します。だから信じて下さい。私達はそのために、右のような表をつくって、書きこむことにしました。
◎一ぱんでは、みんな守れるといっています。もし、まもらなかった人がいたらその人の所へいって、きびしくやらせます。それでもやらない人がいたら、汎全員でのこってでもやります。
◎べんきょうをやっていなければ、班の人にいってください。班で問題を解決します。
◎きめたことは、ちゃんとまもりうそはつかない。勉強し、遊ぶときには、大いに遊ぶ。きまりがまもれない場合は班にいいつけてください。班で話しあいます。ぼくがわるい場合には、お母さんにあやまります。
◎ぼくたちの班は、みんなできるといっています。けど、少しいきかせました。だから、お母さん方も、いいきかせればいいのではないですか。きかなかったらお手紙や、班の人にいってください。
(洋)  さて、準備はできた。これからが勝負だ。根くらべだ。お母さん方は、子供達の返事をたてにとればいい。そうそう。できるだけ昼間は遊びにさせてあげて下さい。テレビの時間を削らすようにして。遊び時間を奪うような大人は、子供の成長の犯罪者ですから…。
『向山洋一年齢別実践記録集第6巻』p.57より引用

(9)授業参観に来た保護者の名前を上げ、感想を求める。
 1972年5月17日「アンバランス」No.23には、第一回授業参観に来た26名の保護者の名前が掲載されている。また、「感想など、およせ下さい。」と感想を求めている。次号からは保護者の感想が学級通信に掲載されている。
 1972年6月6日「アンバランス」No.38に6月4日(日)の日曜参観のことが載っている。33家庭中、出席は31家庭だ。出席率は93.9%だ。しかも、出席者は45名だ。1家庭から複数名が出席した家庭があるということだ。

(10)パーティー
①1972年7月8日(土)13:00〜16:00アンバランス50号記念パーティーが開かれた。第一部の講演会は60名程、第二部のパーティーは35名程の参会のもと盛大にひらかれた。
②1972年12月23日(土)、「1972年お別れパーティー」がひらかれた。9名の父母が参加した。
③1973年2月3日(土)、「100号記念パーティー」がひらかれた。

6 三代目・保護者からのメッセージが次々と寄せられる。
  教師6年目・29歳・5年生担任・学級通信「エトランゼ」
(1)1973年4月10日発行「エトランゼ」No.2に父母の便りが載っている。
 昨年度の流れから、父母からの要望・通信が多数向山氏に届いている。要望などが「別にありませんが一、二件あった。」と書いている。つまり、ほとんどの家庭からは、何らかのメッセージが向山氏のもとの届いているということだ。アンバランスでの文化が引き継がれている。

(2)保護者からのメッセージが次々とエトランゼに掲載される。
エトランゼはアンバランスに比べ、保護者の意見が4月の早いうちから掲載されている。また、未提出の保護者への詰めもほとんど掲載されていない。あるのは4月10日「エトランゼ」No.2に「先生におまかせしますという意味なら、俺は何も(最低しか)しないということはじめにいっておいて」とあるのみである。
 エトランゼ       アンバランス(エトランゼの前年)
4月10日 4人 4月17日 1人
4月13日 6人 4月18日 8人
4月16日 7人 4月19日 2人
4月17日 3人 4月20日 3人
4月18日 5人 4月22日 5人
4月19日 5人 4月23日 1人
4月21日 4人  4月26日 1人
4月23日 1人  4月27日 3人
4月24日 1人 4月28日 2人
4月28日 1人   5月 2日 2人
5月 2日 1人 5月 6日 2人
5月 7日 2人  5月 8日 2人
 アンバランスでは、何度も教師に便りを出すようにと通信を書いたがそれでもなお出さない保護者がいた。しかし、エトランゼでは4月10日の時点が多数の意見が届いている。この差は何よるものかは不明である。是非、向山氏に聞いてみたい。

(3)パーティー
①50号記念パーティー 
 保護者による実行委員制度で行われた。一部は親子で参加。二部は親のみの参加であった。
②1973年お別れパーティー&追い出しコンパ 
 12月下旬に実施された。屋台が出た。父母も影で活躍されたと推測できる。

7 三代目持ち上がり・保護者からのメッセージが次々と寄せられる。
  教師8年目・31歳・5年生担任・学級通信「エトセトラ」
(1)1975年4月11日発行「エトセトラ」No.6に最初の父母の便りが載っている。
 しかし、大きな疑問がわき上がる。それまでの通信で、父母の便りについてどこにも掲載されていないにも関わらず、4月11日という早い日に父母からの便りが通信に載っているのである。
 向山氏はいつ、どのような形で父母に便りを寄せてほしいことを伝えたのだろうか。

C 通信上での知的な文学作品論争

1977年5月9日調布大塚小学校5年1組学級通信「スナイパー」No.29に次の分が掲載されている。
てふてふが一匹
韃靼海峡を
渡って行った

(…中略…)

お母さん方に問題を出します。
(1)上記の詩を解釈しなさい。
(2)上記の詩を3時間で授業するとしたら、どういう計画(流れ)にしますか。
5分刻みぐらいで計画を立てなさい。
『向山洋一年齢別実践記録集第11巻』p.68より引用
 これが、文学作品の学級通信上での論争の幕開けとなる。翌日、5月10日の「スイパー」に三代目の桜千枝さんの解釈が載っている。
桜 千枝
 <てふてふ>という字は、漢字でも書ける。また<ちょうちょう>とも書ける。しかし、この韃靼海峡という四文字の感じで表現されているものの対比としては<蝶々>ではだめだったのだ。平仮名の<ちょうちょう>でも…<てふてふ>は、視覚的にもやわらかい感じである。それに対して<韃靼海峡>は、大波がざーっとかぶさるように、あとからあとから押し寄せ、水しぶきさえも岩につきささるような鋭い感じだ。
 うす暗く、重くたれこめる雲、それこそ海がとてつもなく大きく見え、はるかかなたで空も海もつながっているようなそんな地の果で、岩の岬に燈台があり、そこに自分は立って、潮風にゆれる<てふてふ>を見ているのだと思う。
 この詩では、強いものと弱いものが対比されているが、もう一つ、小さいものと大きいものが対比されている。<てふてふ>が群れをなしていたら、作者だって、こんあにもして、渡らせたいとは思わなかったろう。一匹だからこそ、詩になる。
 <渡っていく>ではなく<渡っていった>という文に<てふてふ>を見つめ続ける作者の姿が浮かぶ。<死ぬにちがいない>と思ったろうが<なんとしても渡らせたい>と思ったにちがいない。
 作者には<てふてふ>の姿に同感できる、自分自身の「かけ」があったのではないだろうか。<てふてふ>と同じように、自分も又社会という自然の中での一人でしかない事を、考えながら見ていたのではないだろうか。
 春に舞う<てふてふ>が、北の荒々しい海に、自然そのものにいどんでいく心は<自然に負けまいとする自分>ではなく<弱者になる自分に負けまいとする自分>であったのだと思う。波の余波でさえ散ってしまいそうなてふてふ>に<自分に対する自分>を感じたのだ。
 強く大きい者に、弱く小さい者がいどんでいく。その<てふてふ>の姿は弱いが、心は強い。その強い心を象徴することばが<海峡>である。心のたくましさと、海峡の景色が、同じイメージとして表現されているのではないかと思う。
『向山洋一年齢別実践記録集第11巻』p.70~71より引用
1977年5月13日「スナイパー」No.33に一人目の保護者の解釈が掲載されている。5月15日の「スナイパー」には二人目の保護者の解釈が掲載されている。そこには「一度もお返事をさし上げた事のない私に、できるはずがありません。でも、きょうはなぜだか落ち着きません。」(『向山洋一年齢別実践記録集第11巻』p.78より引用)と書いている。
 しばらく、「スナイパー」には、この詩に関する文は載っていなかったが6月30日に再び、保護者からの意見が掲載される。そして、8月4日の「スナイパー」には卒業生の意見が掲載される。それに触発され、8月6日に大沢さんのお父さんの解釈が掲載されている。8月13日、その解釈についての向山氏からの返事が「スナイパー」に掲載される。それは「スナイパー」3号まるまるすべてが返事である。
 そして、夏が明け、同年10月15日「スナイパー」No.81に大沢さんのお父さんからの再信が掲載される。「スナイパー」の最後に次のように書かれている。
この手紙のあとぼくは大沢さんと飲んだ。話もはずみ、ゆかいなひとときであった。
 向山氏は知的な文学教材を通して、多くの保護者を巻き込んでいる。

D 保護者が向山氏のどこに信頼を寄せていたのか

1.1978年1月9日調布大塚小学校5年1組学級通信「スナイパー」No.152に「アンケート④・5の1、向山に不足していること①」が載っている。保護者の解答を紹介する。
(A)大変むずかしい提案故、困ってしまいました。難問中の難問です。先生の質問の意図に反するものかもわかりませんが、先生は強い自信と深い信念を持っておいでなのですから、私は先生のプロの腕に対してただ信頼と感謝のみなのです。これ以上は酷です。お許し下さい。
(B)先生の御自分の全力を限界まで投じて最高の内容と質をもって教育にあたられることに、本当に感謝の一語です。昨年度と比べ授業の姿勢に真剣さが強く感じられます。指の動きによって生徒が集中する見事さに拍手を惜しみません。
(C)不足しているという事は私にはわかりません。伸ばしてもらいたい事は、今迄通り、学校で定められた教材だけを習うのではなくして、ある程度教材を精選して教科書より一歩抜け出た創造的な学習を続けてほしいと思います。
 どの保護者の解答からも、向山氏の教育が高く信頼されていることがわるか。次に、プロとしての授業への熱い信頼が読み取れる。

2.1978年1月10日調布大塚小学校5年1組学級通信「スナイパー」No.154に『アンケート⑥・「型破りの教育について」その1』が載っている。保護者の解答を紹介する。
(A)国語の本などでは学ぶことの出来ない百人一首、パーティー。子供達がその中で何かを学び知識を得て心豊かに成長していくことと思います。
(B)百人一首、詩、パーティーetc大いに賛成です。
(C)これらの教育は非常に貴重だと思います。向山学級2年間以外は得られないのですから大変でしょうが大いに力を入れていただきたいと思います。これが基となって、段々発展し、より豊かな巾広い人間性が培われると思います。子供は電車の中でも、床の中でも百人一首をとなえています。この頃は私の方がとぼしくなりました。詩、歌、裏文化、子供に教わるのを楽しみにしています。
(D)ど ようになった我が子を見直しました。又、礼状や決算報告等、生徒の姿を拝見するにつけ、教育の成果の一端を見、感心いたしました。
百人一首、詩など、他のクラスだったらきっと触れることの出来なかったであろうさまざまな経験、広い知識は将来、有形無形の大きな財産になると確信しています。今後とも型破りの教育でおねがいいたします。
(E)いやがっておりました水泳が、先生の御熱心なる御指導、御苦労のおかげで、子供は自分からよろこんでプールに入る様になりました。一つの事に集中する気持ちが芽ばえたのではないかと思い、大変よろこんでおります。これは、ひとえに先生の御陰と厚くお礼申し上げます。今後も尚一層、親子共々がんばって参りますので、よろしく御願い致します。
 百人一首は多くの保護者が感謝の便りを寄せていた。また、パーティーや詩(春)、歌などをあげる保護者が多かった。向山学級のダイナミックな裏文化が多くの保護者の信頼を集めている。

3.1978年1月17日調布大塚小学校5年1組学級通信「スナイパー」No.159に『アンケート⑪・「5の1の教育が違うとすれば何が<その2>」が載っている。保護者の解答を紹介する。
(A)学級の学力の基準をどの辺りにおかれるか、落ちこぼれた子どもの場合は、どうなされるのか、新学期に当って心配しておりましたが、スナイパーNo1.No3で「ひいき・差別は絶対にしない・許さない。一人残らず先生がかしこくしてやる」を読んで、すっかり解消され、それからの私は希望にふくれました。
 子供も親も先生も皆んな一緒に頑張るという事です。普通5・6年になると、入試問題でクラスもあっちこっちといくつにも別れると聞きますが、我が向山教室は横のつながりががっちりくまれ、その心配もありません。裏文化も、みのがせない立派な教育と信じております。
(B)先生の人間性の永遠なるものという出会いの序章以来、私達は(恥ずかしい事ですが)とにかく先生を信頼し、集中力の欠ける我が子を預けたままです。でも日記も持続し、作文も以前と異なってまとまりを考えて書くようになっています。

4.1978年1月18日調布大塚小学校5年1組学級通信「スナイパー」No.160に『アンケート⑫・「良かった文・ことば」が載っている。保護者の解答を紹介する。
(1) No.1すべて人間には限りない可能性がある。(5名)
(2) 一人はみんなのために、みんなは一人のために、(5名)
(3) (132)別れがあるから人の世は美しく、出会いがあるから人の世はすばらしい。(4名)
(4)  教育は消えていく芸術である。消えてゆくものでありながら、のりこえられることを願いながら、のりこえられまいとし、のりこえられるに値する教師になるために必死に努力する。(3名)
(5) 悪人じゃないが、鈍感すぎる(1名)
(6) 教室とはまちがいを正し真実をみつけ出す場。教室はまちがいをする子のためにこそある。教室にはまちがいをおそれる子は必要でない。(1名)
(7) ひいき差別はしない。(4名)

E.引用・参考文献

①『向山洋一年齢別実践記録集』 第1~12巻 東京教育技術研究所
②『教師修業十年』向山洋一著 明治図書出版
③『向山洋一の学級経営6 教師の成長は子供とともに』向山洋一著 明治図書出版
④『向山洋一の学級経営5 子供の活動ははじけるごとく』向山洋一著 明治図書出版
⑤『向山洋一の学級経営4 先生の通知表をつけたよ』向山洋一著 明治図書出版
⑥『向山洋一の学級経営3 新卒どん尻教師はガキ大将』向山洋一著 明治図書出版
⑦『学級通信 スナイパー』
⑧『飛翔期 向山洋一実物資料集』
⑨教え方のプロ・向山洋一全集21『プロは一文で一時間を授業する』向山洋一著 明治図書出版
⑩教え方のプロ・向山洋一全集42『先生に会えてよかった!向山流親とのつき合い方』向山洋一著 明治図書出版
⑪教え方のプロ・向山洋一全集75『保護者が信頼する“教室の統率力』向山洋一著 明治図書出版
⑫教師修業9『国語の授業が楽しくなる』向山洋一著 明治図書出版


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