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TOSSランドNo: 2320024 更新:2012年12月04日

初心を貫かせる指導


1.慎一の変化

 「もう1度やらせてください。明日までに必ず覚えてきます」
 慎一(仮名)は真剣な目で私に訴えた。

 慎一は手足の筋肉が弱く、車椅子の生活が続いていた。
 慎一は障害を持っているということで、自分から積極的に行動することはなかった。
 「友達を作るのも面倒だ」とも言っていた。
 それでも、いつも学期末に書いてもらう『来学期に向けて』という作文には、家で下書きをしてきた。
 「僕は書くのが遅いから…」と言うのだが、その作文には決まって「歩けるようになりたい」という言葉があった。
 2年生の弁論大会学級予選会でも、新語の発表は高い評価を受けた。
 大きな拍手を学級全体からもらい、「慎一の弁論が1番いい!」と言われながらも、慎一は代表に立候補しなかった。
 「学級のみんなが評価していたのに、どうして立候補しようと思わなかったの?」と私は聞いた。
 慎一は「やってみたかったけど、自信がなかったから…」と答えるだけであった。
 休み時間や放課後、慎一とことあるたびに話をした。
 すると、自分の障害に対してかなりコンプレックスを持っていることを知った。
 そこで、慎一には「障害は恥ずかしいことではない」と何度も語った。
 幸い、学級にも心を打ち明けられる友人もできた。
 修学旅行にも参加し、自主研修では教師の介護なしで楽しんだ。
 これらが、慎一に自信を与えた。

 弁論学級予選会が近づいてきた。
 慎一は学級で最初に原稿を書き上げ、学級予選でも堂々と発表した。
 発表終了と同時に、教室には大きな拍手が鳴り響いた。
 慎一は学級代表に立候補した。
 またまた教室には、大きな拍手が響いた。
 慎一の顔には自信があふれていた。

2.慎一の決意

 慎一「絶対に勝を取りたいのです。」
 染谷「その気持ちは本当ですか?」
 慎一「はい!」
 染谷「じゃ、原稿用紙3枚に書き直します。そして、全部暗記します。できますか?」
 慎一「やります。」
 染谷「先生もつきあいます。一緒に頑張りましょう。」

 3日後、新しい原稿が完成した。
 慎一には「よく頑張ったね。この前の原稿より、数倍良くなったよ。」と褒めた。
 慎一は笑顔で頷いた。
 大会まで、あと1週間と迫った。

 染谷「明日までにすべてを暗記してきてください」
 慎一「無理です。原稿用紙3枚もあるんですよ。」
 染谷「先生が今まで指導した生徒は、全員が1日で覚えました。」
 慎一「本当ですか?」
 染谷「嘘は言いません。」
 慎一「頭が良かったんじゃないですか?」
 染谷「3枚程度なら、頭が柔軟な中学生であれば簡単に覚えられます。」
 慎一「どうやって暗記すればいいのですか?」
 染谷「まずは『自分は絶対に覚えられる』と信じることです。」
 慎一「挑戦してみます」
 染谷「3枚を1度に覚えるのではなく、1段落ごとに覚えていくのです。」
 慎一「…」
 染谷「1段落目を覚えたら、2段落目に進む。そして3段落目…」 
 慎一「やってみます!」

 翌日の放課後、練習を開始した。
 2枚目に入ったところで、慎一の声が止まった。
 慎一はうつむいたままであった。
 すべてを暗記してこなかったのである。
 私は憤慨した。

 染谷「昨日、何時間練習しましたか?」
 慎一「…」
 染谷「1時間であきらめたんじゃないですか?」
 慎一「どうしてわかるんですか?」
 染谷「先生は何度も指導しています。どの生徒も1時間で1枚の割合で覚えました」
 慎一「1時間やったけど、自信がなくなったんです。自分はできないって…」
 染谷「そんな勝手なことは、先生が許しません!」
 慎一「…」
 染谷「『賞を取りたい!』って、先生に言ったじゃないですか。あの言葉は嘘だったんですか?」
 慎一「…」
 染谷「もっと、自分の言葉に責任を持ちなさい。」
 慎一「はい」
 染谷「1時間で1枚です。これが目安です。」 
 慎一「本当に3時間で覚えられますか?」
 染谷「先生の言葉を信じなさい」
 慎一「もう1度やらせてください。明日までに必ず覚えてきます。」

3.初心は自信に変わる

 翌朝、慎一は笑顔で職員室に入ってきた。
 「先生、すごい!本当に3時間で覚えられたよ。ピッタリだったよ!」と言う慎一の顔には自信があふれていた。
 慎一は興奮した声で続けた。
 「最初は半信半疑だったんです。でも、先生にああ言われると『覚えなければならない!』と思ったんです。やればできるんですね。弁論の練習をしていて、初めて『自分はすごい!』と思いました。有森裕子さんの気持ちが分かりました。」
 慎一は、自分の可能性に気付いたのであった。
 その後の練習は、今までにも増して意欲的であった。
 声の強弱、間の取り方、視線の一など、私のアドバイスをどんどんと吸収していった。
 校内発表会で最優秀賞を獲得した慎一は、町内大会に向けて更に練習を重ねた。
 「原稿の何行目の何段目に、どんな字が書いているかまで暗記しました。」と、町内大会の前日に教えてくれた。
 11月15日、別海町中学生弁論大会が行われた。
 慎一は練習通り堂々と発表し、参加20人中最高の最優秀賞を獲得した。
 
 初心を貫く生徒を育てたい。
 「やりたい」と思って始めた目標が、努力をすれば達成できるという喜びを感じさせてあげたい。
 それが、生きる自信につながるからである。
 しかし、その過程には必ず壁がある。
 その壁を生徒自らの力で越えていくためには、まずは《初心》に立ち返らせてあげることだと考えている。
 そこで、生徒自らが進むべき道を選択するのである。

 弱気になった慎一に、私は強い口調で言った。

 『賞を取りたい!』って、先生に言ったじゃないですか。
 あの言葉は嘘だったんですか?
 もっと、自分の言葉に責任を持ちなさい。」

 慎一は、この言葉で《初心》を取り戻した。
 自分が最初に立てた目標を、再確認したのである。
 
 現在、慎一は養護学校高等部を卒業し、福祉施設でリハビリを続けている。 
 年賀状には、「歩けるようになる日を夢見て、今日もリハビリに汗を流しています」という力強い言葉が添えられていた。


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