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TOSSランドNo: 1923328 更新:2013年08月04日

谷先生 百人一首の授業追試 


百人一首のピンク札をする。

指示1:

読んでみて。

【雪ふれば 木毎に花ぞ さきにける いづれを梅と わきて折らまし】

発問1:

「この中に言葉遊びが隠れています。平安時代の人の言葉遊びですよ。その言葉遊びの部分に線を引いて持っていらっしゃい。」

木と毎で、梅の言葉遊び

発問2:

「これと同じタイプの言葉遊びが、百人一首の中にはあります。みんなのピンク札の中にあるんだよ。見つかった人は先生に言いに来なさい。」

吹くからに 秋の草木の しおるれば むべ山風を嵐というらん。

説明1:

「このように、昔の人達は、たった一文字にこだわって歌を作る。そのような言葉遊びということを歌の中に織り込んでいたのですね。

指示2:

同じピンク札の中にこの歌があります。読んでごらん。

【田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ】

指示3:

「田子の浦にって書いてあるね。「に」に丸をつけてごらん。「田子の浦 に」ってどういう意味。これは田子の浦に出てきた。って意味だな。じゃ、もし これが田子の浦で、だったらどうなる? 一文字違うとぜんぜん景色が違っちゃう。これをいろんなひらがなに変えてみたい。どんなひらがなでもいいから変えてごらん。」

発問3:

「山部赤人さんは、はじめは、この「に」というのは違う一文字を使っていたんだよ。なんていうひらがなだと思う。」

説明2:

正解は、【田子の浦ゆ】です。この「ゆ」はどういう意味だと思う。「田子の浦湯という温泉のように思えるけど、本当は違うんだよ。これは田子の浦から、とか田子の浦を通って、のような経過を表す意味で、昔はそういう言葉使いをしていたんだね。それにしてもみんなの発想の豊かさにはびっくりした。」

【田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ】
【田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にぞ 富士の高嶺に 雪はふりける】

発問4:

「雪はふりつつとありますね。今雪はふってますか。つつだからふってるんだね。今ふっているという状態です。今、この歌の時、富士山は見えているんですか。見えていないですか。ノートに見えている。見えていない。を書きなさい。」

「見えていると思う人。見えていないと思う人。」

発問5:

「ちゃんと理由がなきゃ。どうして見えてると思うんですか。言葉から理由をさがして、ノートに書いて先生に持ってきなさい。」

ノートチェックでほめて、指名なしで発表。
言葉を根拠に討論へもっていく。

参観日に行った授業記録です。

参観日に谷先生の百人一首の授業をしました。
下は、その時の授業の流れや子どもの発言です。
はじめは、3年生には難しすぎるかなと思っていたのですが、3年生でもできました。

最後の「富士山は見えているか、見えていないか」の話し合いの場面で、支援学級に在籍している児童が、「雪がな、降っててな。風もすごいからな、見えへんわ。」と発言したのが印象に残りました。

「田子の浦に」の一字変えるところが盛り上がるかどうかは、教師の教材研究によるところが大きいということがわかりました。
子どもの発言だけではなくて、子どもの発言にもうひと押し意味づけしてやる教師の声賭けが重要だなと感じました。

授業開始5分前。教室の後ろで、牛乳キャップめくりに興じる男子の集団が叫んでいた。C「おっしゃーーー!」C「はやく!はやく!」ギャングエイジの見本市のようだ。なんとかわいらしい子たちだとおもいつつ、チャイムが鳴ったと同時に言う。

「百人一首をします。はい、準備――!」
「あぁ、待ってー!」
「待ちませーーん!」
いつものように百人一首を教室で行った。

「今日は、百人一首のお勉強をします。札は机にそのまま置いておいて。」
「先生に続けて読みましょう。雪降れば。はい。」
【雪ふれば 木毎に花ぞ さきにける いづれを梅と わきて折らまし】

発問「この中に言葉遊びが隠れています。平安時代の人の言葉遊びですよ。その言葉遊びの部分に線を引いて持っていらっしゃい。」

ほとんどの子がはじめは見当違いのところに線を引いて持ってくる。

「ヒントあげようか。漢字です。漢字のパズルになっています。」

やっと正解が一人でる。そうすると不思議に気がつく子がどんどん出てくる。一人が突破するとそれが周りに広がる。「あの子が分かったんなら、私にもわかるはず。」と見通しが持てるからだろうか。一番に気がついた子に正解を解説させる。
【木+毎=梅】

発問「これと同じタイプの言葉遊びが、百人一首の中にはあります。みんなの机にあるピンク札の中にあるんだよ。見つかったチームは2人で先生に言いに来なさい。」

これもなかなか正解は出なかった。
途中、漢字のプリントもヒントとして渡した。それでも、なかなか正解は出なかった。でも、1問目と同じで、一人わかるとどんどん正解者が出てきた。

【吹くからに 秋の草木の しおるれば むべ山風を嵐というらん。】
【山+風=嵐】

説明「このように、昔の人達は、たった一文字にこだわって歌を作る。そのような言葉遊びということを歌の中に織り込んでいたんです。同じピンク札の中にこの歌があります。読んでごらん。」

【田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ】

発問「田子の浦にって書いてあるね。「に」に丸をつけてごらん。「田子の浦 に」ってどういう意味。これは田子の浦に出てきた。って意味だな。じゃ、もし これが田子の浦で、だったらどうなる?」

C「田子の浦の中にいるみたいな?」

「そうそう。もともと田子の浦の中にいるみたいでしょ。一文字違うとぜんぜん景色が違っちゃう。これをいろんなひらがなに変えてほしい。どんなひらがなでもいいから変えてごらん。」

「例えば、どんなのがある?」
C「田子の浦は」「どんなイメージ?」「田子の浦という人がでてきた。」
C「田子の浦も。田子の浦ともう一つある。」
C「田子の浦が。田子の浦が出てきた。」「お相撲さんみたいだな」

なかなかまじめな意見が多かった。

「もうない?じゃ、終わりましょうか?あぁ、じゃあ終わりかぁ。」とあおった。
C「待って待って!」と面白いものもちらほら出てきた。
C「田子の浦わ。」「田子の浦、わ!!って脅かしたのか?」
C「田子の浦よ。」「田子の浦よ。って呼びかけるわけね。」
C「田子の浦ぴ。」「田子の浦で、リモコンをぴ!ってやる。」
C「田子の浦え。」「田子の浦に、え!?って聞き返す。」
C「田子の浦さ。」「カッコつけてるのか。なるほど。方言かと思った。田子の浦さー。」
C「田子の浦め!」「恨んでる。」
楽しかった。もっともっと変な意見を期待していたのだが・・・。

説明「山部赤人さんは、はじめは、この「に」というのは違う一文字を使っていたんだよ。なんていうひらがなだと思う。」

C「「ゆ」やーー!見えた!」
「あっ!見えちゃった?そう【田子の浦ゆ】です。この「ゆ」はどういう意味だと思う。」

C「温泉?」「お湯?」

説明「田子の浦湯という温泉のようだけど、本当は違うんだよ。これは田子の浦から、とか田子の浦を通って、というような経過を表す意味で、昔はそういう言葉使いをしていたんだ。」

【田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にぞ 富士の高嶺に 雪はふりける】

発問「雪はふりつつとありますね。今雪はふってますか?」
C「降ってる。」

「そう、つつだからふってるんだね。今ふっているという状態です。では、この歌の時、富士山は見えているんですか。見えていないですか。見えている。見えていない。を書きなさい。」

確認「見えていると思う人。見えていないと思う人。」

C「先生。それは・・・。は書くの?」

「かしこいなぁ。続きに理由も書きなさい。どうして見えてると思うんですか。言葉から理由をさがして、プリントに書いて先生に持ってきなさい。」

C「先生、高嶺ってどういう意味?」
「辞書を引いてごらん。のっていますよ。「高根」でのっています。」

C「じゃあ、白妙は?」
これは、普通の国語辞典にはっていない。だから、全員に説明しようと思っていた。
「白妙の意味を知りたい?知りたい人?」たくさんの手があがる。でも、まだ辞書を必死で引いている子がいる。それ自体はすばらしい行為だ。でも説明を聞いてほしい。

「そうかぁ、どうしても教えてほしい?じゃ手に持っているものを置いて。」
「まだ、手に持っている人がいるから、教えない。もったいない。」
全員がこちらに注意を向けたなと思ったので、説明した。

「白妙と言うのは、絹でできた白い着物のことだよ。まっ白い着物だ。」

「では、見えてるか。見えてないか。書きましたか?」
子どもたちの分布を確認した。見えている・・・多数。見えていない・・・8名だった。

お家の人にも、聞いてみた。
でも、意思表示をしてくれる人が少なかったので、聞き方を変えてみた。
「どっちかわからないけど、どうしても無理やりにどっちか決めろと言われたら・・・見えてると思う人。見えてないと思う人。」
突然の質問に意思表示していただけたお家の方ありがとうございます。
「大人でも意見が分かれるんだ」ということを子どもたちに見せてあげられました。
正解が決まっているわけではないんだ。話し合う価値があるんだということを見せてあげられました。
「まちがったら、どうしよう。子どもに示しがつかないのでは、いや、日頃、子どもに意見を言えるようになってほしいといっている手前、上げた方が・・・。」いろいろと脳裏をよぎったのではないでしょうか。すいませんでした。
でも、多分子どもたちも同じような気持ちを教室で思っているのかなと思います。

さて、子どもの意見です。
3年生で、どこまでこの歌を詠みこめるのかなと不安に思っていたところもあったのですが、なかなかどうして、3年生なりに言葉を調べての意見が書かれていて感心しました。

見えている派
「高嶺」は頂上のことだから見えていると思う。
富士という言葉が出ているから、富士山は見えていたと思う。
高嶺は、高い峰。富士山の高い峰は見えている。
雪が降っていると知っているんだから見えている。
富士の頂上と辞書にあるから、それを見て書いている。
見えるところで作っていると思う。雪が降っても見えていると思う。
「白妙」白い着物が富士山の上にかぶっている雪みたいだから。
富士山が見えていないと、雪が降っているのが分からないから。
富士は高いし、「高」嶺という字があるから。
見えていないと富士の高嶺に雪が降っているのが分からないから。
雪が降ってきて白くなった富士がみえてると思う。
富士山の上に高嶺があって、高嶺で雪が降ってるから。
富士の高嶺は、一番高いから。それに日本一だからです。

見えていない派
富士山の一番上だから見えていない。
雪はふりつつとあるから、今も雪は降っていると思うから見えていない。
見ていたのではなくて、雪は降っていて見えないけど、頭の中のイメージで書いてると思うから。
雪がふって見えないはず。

通信に寄せられた保護者からの感想です。

A男の母
いつもお世話になります。(略)すごく授業の内容、進め方、考えてもらう方法、本当に先生自身、勉強なさっておられるんですね。
 私は、「見えるかなー」と思って観ていました。(富士山の山頂のイメージはいつも白い。きっと頂上に雪がふって、白くても下からは、美しく見えるのだろうという勝手なイメージ・・・(略)

 先生の授業で、行ってなかった祖母とお姉ちゃんと祖父とで、長い間、「見える」「見えない」話題を楽しみましたが、結論は出なかったです。(略)学習面だけでなく、広い視野で物事を見てほしいと思わせられる授業でした。いつも熱くていいなーです。これからもよろしくお願いいたします。(略)

A男の母
参観日、いつも楽しく参観させていただいています。前日、「参観日、百人一首やるんやで」と言っていたので、楽しみにしていました。子どもたち、百人一首、よく覚えていますね。その興味を持っている百人一首を使っての授業なので、みんな意欲的に楽しく授業を受けている感じがしました。家でも、鼻歌代わりに、よく百人一首を言っています。これからもよろしくお願いします。

B女の母
学習前の百人一首のスピードの速さにまず驚きました。皆の準備の手際のよさにも。毎日の継続練習の成果ですね。なかなか機会がなければ得られない貴重な経験だなと思います。

C女の母
子どもたちの発想力豊かな所がよく見れました。他の子の意見を聞いている時の子どもたちの顔が、笑顔で楽しいですね。
私は小6のときに百人一首を習ったのですが、「田子の浦に うち出でて見れば・・・」は、富士山が見えていると思います。
山部赤人は、下から富士を見ているはずです。


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