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TOSSランドNo: 1300796 更新:2013年05月29日

【第七章 知の巨人 吉永順一の発信】世界遺産を教育で取り上げる


【向山洋一のコメント】

世界遺産を教育で取り上げる重要な視点と思います。
愛知和男氏との対談でも共通していた視点でした。
吉永先生の整理、勉強になりました。

【発信者のダイアリー(2008/10/7)】
残らなかった遺産

遺産として残る。遺産として残らない。
量からすると残っていないものが圧倒的に多いのではないか。
なぜ残っていないのか。
理由を考えてみた。
1 残さない。
2 残らない
3 消える
4 焼く
5 捨てる

1 残さない
ソクラテスは、彼自身の思想もしくは行動に関して自ら記録を残さなかった。
釈迦、孔子、イエスも同様に自らは文字を残していない。
だが残っている。
ソクラテスについては、プラトンの対話篇がある。
しかし、プラトンは四三歳くらい年下である。
直接の対話経験はないはず。
われわれが知っているのはソクラテスその人なのだろうか。
プラトンの創作したソクラテスである心配もある。
後の三人については、同時代人の証言と解釈に後世が依存する形になっている。
弟子、使徒、門徒の言葉と聖人その人の直説とはっきり区別できない部分がある。
新説、新解釈、新教典と次々と積み重なって増殖し、議論が議論を呼び、哲理が哲理を産み、膨大量をなしている。
印刷術がなかった時代の「写本」は幾通りあり、諸説粉々。
ホメロスの写本は六八〇以上もある。定本確定のために文献学が始まる。

2 残らない 
録音テープのない時代、「会話」「対話」「対談」は文字記録にしない限り残らない。
「歎異抄」、「正法眼蔵随聞記」はすぐれた弟子のおかげである。
今は対談集といった形で本が出ているが、昔の偉人のおしゃべりが残っていたらさぞかし面白いのにと残念である。
むろん文字をもたなければ語り部が伝承しない限り残らない。
今、世界から多くの言語が消えている。
言語が消えるということは文化も消えることを意味する。
「多様性の保護」。
世界遺産事業のねらいのひとつがこれである。

3 消える
起源前3世紀、エジプトのナイル河口に繁栄した国際都市アレクサンドリアに建設されていた蔵書数50万冊といわれる巨大図書館が忽然と消えた。
不思議な謎として有名な話である。
また、存在したことは確認されているが、紛失していて所在が不明となっている作品、本も多数。
有名なものではないが整理整頓が悪く、家のどこかにあるが見つからない。
そんな個人資料の類は膨大な量にのぼるであろう。
我が家もそうだ。
消えるということは、ある日突然出てくる可能性もあるということ。
期待したい。

4 すてる
古い文書に書かれた内容にとって、情報技術の進歩ほど危険なものはない。
大量のデータを移行する必要が生じ、それを誰かの手で実行しなくてはならないからだ。
例えば巻物から現在の本の形をした写本への移行はデータ保存の歴史上の革命だった。
本の形が普及したのは4世紀末。冊子写本の伝播はゆるやかで300年ほどの年月を要している。
巻物から冊子本に移行しなかった書物はそのまま消えていった。
当時の価値観が影響している。
アルキメデスの著作もその運命をたどっている。
基本とするには難解だったからである。
最近でも、技術の進歩によって消えたものがある。
私の学生の頃はLP盤、EP盤だった。
盤はレコードと読んだ。
これがCDになる。
この変化を作詞家の阿久悠は科学に対して文学が一歩引くという伝統を演じてしまった。
それをきっかけにして音は生きたが歌は死んだ。
レコードには記録するという記憶を継続させる意識がある。
結局、CDは容量に過ぎない。
いい物をつくるというのと、いっぱい入るというのでは歌の色気や生命力が違うと阿久は嘆く。

5 焼く
この場合は、意図的に焼いてしまう場合と、火事で焼失する場合がある。
前者は秦の始皇帝の「焚書坑儒」が有名である。天下の書籍を残らず集め焼き捨てたことで知られる事件である。
しかし、焚書といっても民間の蔵書を禁じて焼いたのであって、始皇帝の宮殿にはすべての書物は保存され、研究する学者もいた。
しかるに秦が滅ぼされたとき、宮殿に火がかけられ、保存されていた最後の書籍の大部分が焼失してしまった。
後の世の文献解読に打撃を与えたのはむしろこの火災の方だったと言われる。
日本では、875年、遣隋使、遣唐使によってもたらされた重要な漢籍が、日本の政治・文化の中心であった朝廷の書庫である冷泉院から忽然と姿を消した。
火事で焼けたのである。その数、焼く17000巻、目録にするとタイトルはじつに1579にのぼる。大変な量である。
二十年後、遣唐使は廃止され、日本は以後国風文化に向かう。

6 捨てる
廃仏毀釈がよい例である。
米欧回覧実記「イギリス編」で、久米邦武は、そのことを予想していた。
日本人がはじめて鎖国の禁を解かれ、欧州の文物に接していく場合においてかつて欧州諸国がフランスのルイ王朝の華やかな文化に心酔してしまった時のように自国の独自の文化の価値をないがしろにし、夢中になって欧州文化の模倣に走っているとすれば、その結果は、この1851年のロンドン博覧会以前の五里霧中の状態と同じことになってしまうと言っても、間違いではなかろう。
残らないで消えていく要因は、言語、媒体、体制の移行、技術革新、価値観の変化、災害等さまざまである。
こうしてみてくると遺産として残るというのは大変な偉業であることがわかる。
時代の進展が猛スピードで進む現代では、価値観が定まる前に消失してしまう危険もある。
今「近代化遺産」として各学会が動き出している。


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