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TOSSランドNo: 8074408 更新:2013年01月05日

挑戦!~エリック・ムサンバニ氏~


 エリック・ムサンバニ氏は、赤道ギニアの水泳選手である。もともとはバレーボール選手であった。しかし、2000年のシドニーオリンピックの水泳100m自由形の特別出場枠でのオリンピック出場を国の上層部から要請される。このとき、エリック氏は、ほとんど水泳の経験はなかった。この時点で、大会まで8カ月しかなかった。
そもそも赤道ギニアには、競泳用プールはなく、観光ホテルの20mプールしかなかった。そのプールも、1日中使えるわけではなく、観光客が使わない数時間だけしか使えないという状況であった。もちろん、水泳のコーチはいなかった。ほとんど泳げない状態から、独学で水泳の練習をしたエリック氏は、見よう見まねのクロールを身に付けはしたものの、ターンの練習をほとんどしないままに大会当日を迎えた。
 そんな中、いよいよ本番を迎えた。特別出場枠の3選手が、スタート台に並んだ。しかし、エリック氏以外の2選手は、フライングの為に失格となってしまった。初めて50mのプールを前にして、数万の観衆と、無数のカメラに囲まれる中、たった一人で、100mを泳ぐことになってしまった。
 いよいよスタート。無心に手を振りまわすように、泳いでいる。そのフォームは、決して美しいとはいえなかった。しかし、その必死さが観衆にも伝わった。エリック氏への声援は、どんどんどんどん大きくなっていった。そして、100m自由形への初挑戦を見事に成し遂げた。そのタイムは、1分52秒72。その頃の世界新記録48秒18の倍以上の時間であり、200m自由形の世界記録折も遅かった。しかし、最後まであきらめずに泳ぎ切ったその姿は、人々に感動を与えた。エリック氏は、クーベルタン男爵の「参加することに意義がある」という言葉を体現したのであった。
 インタビューで、過酷な環境の中の挑戦であったことが知られると、世界中から練習用具や金銭面での援助がなされた。そして、2004年のアテネオリンピックには、ビザの問題があったため参加できなかったが、4年間のトレーニングの結果、57秒を切る記録を出すまでになった。

フラッシュコンテンツを使って授業します。
ご希望の方は、ご連絡ください。

指示1:

読みましょう。

「オリンピックで水泳100m自由形に出てください」

発問1:

こんなことを急に言われたら、あなたならどうしますか。

説明1:

出ようという人がいたのです。エリック・ムサンバニさんです。エリックさんは、もともとはバレーボールの選手でした。水泳なんてやったこともありません。

指示2:

水泳の経験は、ほとんどなし。みなさんがエリックさんだったら、何が必要だと思いますか。ノートに書きなさい。

書いたものを発表させる。

説明2:

コーチは、いませんでした。

発問2:

練習期間は、どれくらい必要ですか。

8ヶ月である。

発問3:

どんなプールが必要ですか。

説明3:

観光客用のホテルの20mプールしかなかったのです。1日に、1~2時間しか使うことはできませんでした。

発問4:

エリックさんの国は、赤道ギニアという国です。どこにありますか。アフリカの小さな国です。内戦が続き、あまり豊かな国ではありませんでした。

説明4:

水泳をしたこともないエリックさんがオリンピックに出たのには、わけがあります。ワイルドカード枠というのがあるのです。

指示3:

読みます。

ワイルドカード枠についての説明を読ませる。

発問5:

オリンピックに出場できるとはいっても、ほとんどやったことのない水泳です。それでも、エリックさんが出場を決意したのはなぜだと思いますか。

VTRを流す。

説明5:

エリックさんがオリンピック出場を決めたのは、赤道ギニアの現状を知らせ、他の国々からの支援を求めるためでした。

発問6:

その頃の世界記録は、48秒18でした。エリックさんの記録は、どれくらいだと思いますか。

説明6:

1分52秒72です。
それでも、泳ぎ切ったエリックさんの姿を見て、世界中から援助が寄せられました。立派なプールも作られ、エリックさんは水泳選手として、練習することが出来るようになったのです。


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