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TOSSランドNo: 2310155 更新:2013年01月04日

授業で使えるエピソード集1「10代の恋」


エピソード1 (島根・男)

私は赤面症だった。中学時代は女子に声をかけられただけで耳まで真っ赤になっていた。今でこそ、なつかしく思い出せる。が、当時は人生真っ暗だった。高校時代に始めて「男女交際」を経験した。女性を好きになるとはこんなにもすばらしいものかと思った。このまま結婚できたら幸せだと真剣に思っていた。受験勉強もまっただ中、別れることになった。そして18歳、大学一年。運命の人?と出会う。その女性とつきあって8年。26歳で結婚。10代の恋に全く苦い思い出はない。

エピソード2 (広島・女)

とにかく晩稲(おくて)だった。同級生が「○○君がいい」とか、「タレントの○○がかっこいい」と騒いでいる時もどうもピンとこなかった。そんな私でも生徒会長の上級生に淡い好感を抱いていた。話をするわけでもなく,ただ遠くから彼の姿や笑顔を見るだけだったが。彼の卒業式の日,卒業生を送ったばかりのがらんとした教室に友人と2人でこっそり入っていった。手書きの原稿用紙を綴じたクラスの卒業文集がぽつんと残されていた。彼の書いた部分を見つけた。「そこだけやぶけばいいじゃん?」と友人はいってくれた。そのとき重大な罪をおかさんばかりの気持ちがしたことを今でも覚えている(純真だったんですねぇ)。

エピソード3 (北海道・男)

16歳の時つきあっていた女の子が、今の私の妻です。ですから、恋愛経験は豊富ではありません。また、なぜこんなに長く続いたのかわかりません。アドバイスになりませんね。妻に聞くと、「私が我慢したから」といいます。それなら私だって我慢していますよ!…ついつい相手に理想を押しつけたくなるのが10代の恋かも知れません。「なぜ、もっと優しくしてくれないの」「なぜ私だけのものになってくれないの」そこから出発した2人でした。だんだん、我慢することが多くなりました。ケンカしながらだんだん幸せになりました。

エピソード4 (岡山・女)

中学1年の時、ビーズ遊びが流行りました。ある日、仲のよかった隣の席の男の子が、小さな瓶に入ったビーズをくれました。うれしかったです。うれしくて、もったいなかったので、ビーズは使わずに、瓶ごと大切に持っていました。さて、3年生になったころ、ふと、そのビーズでネックレスを作ろうと思い立ったのです。小さなビーズを一つ一つつないでいた、その時、瓶の中から小さな紙切れが・・・。そこには「好きです」と書いてありました。…。ちょっと気づくのが遅かったのでした。

エピソード5 (京都・女)

野球部のYくんはステキな人だった。私はソフトテニス部で、部活は彼のユニホーム姿が間近に見られる幸せな時間だった。バレンタインデーにチョコレートを渡したかったが自分で声をかける勇気がなく、友達についてきてもらった。部活を終えて帰るとき。「Y君」と声をかけたが、友達の輪の中にいた彼は、ちらっとこちらを見て、そのまま帰ってしまった。初めての、ほろ苦い思い出。

エピソード6 (新潟・女)

「早く帰れよー帰ってくれよ頼むから」と退校時間、一生懸命生徒を帰す、私。でも、よくよく自分のことを思いだしてみると簡単に帰ってなんかいられなかったね。日暮れが早い晩秋は部活で気になっている先輩と近づけるチャンスがいっぱいあった。「こわいー」と言いながらみんなで暗い階段を下りていったり、電気のスイッチを一緒に探したりしたよなあ。若かったなあ。でも、こういうドキドキはおばあちゃんになっても経験したい。

エピソード7 (山口・男)

初めて彼女ができたのは16歳の冬。高校1年生の時。同じ吹奏楽部のクラスメート。入学当初は全く意識していなかったが、夏休みを境に、急に彼女の存在が気になってきた。しかし彼女には、他に好きな人がいたようだ。なかなか告白に踏み切れなかった。16歳の冬。意を決しての告白。友だちや先輩の協力で、放課後、2人きりの時間を作ってもらった。「付き合って欲しい」「(返事は)明日まで待って」その日は眠れなかった。この一日の間がいったい何だったのかはよくわからない。翌日、ダメもとでもう一度告白。「返事を聞かせて欲しいんだけど」「うん。お願いします」(…だったと思う!)天にも昇る気持ちだった。初めての男女交際。最初の1ヶ月はとても楽しかった。何もかもが最高だった。2ヶ月目。いろんな事がぎくしゃくし始めた。お互いに意識しすぎることが多かった。どうしたらいいのかわからない場面に何度も遭遇した。結局2ヶ月の短い恋だった。彼女のことが本当に好きだったのか、「恋愛」「交際」に憧れていただけだったのか、今も定かではない。

エピソード8 (埼玉・女)

中学校のころは、「変わっているヒト」というありがたい称号をいただき、なにをやっても、許されていた。(「オレは、女はいちおう一人ずついろいろ考えたが、オマエだけは、はずした」というような存在だった。)また、男というものを見下していた。だから、10代後半になると、男の子とちょっと仲良くなっても、アブなくなりそうになると、ひらりと逃げた。こんなおばかな男につかまってたまるものか、と。恋多き10代であった。その後、28になるまでに一生分の恋をした。だから、いまは恋なくして生きられる。実に合理的な人生だ。

エピソード9 (岡山・女)

10代、恋多き少女時代だった。でも、決まって片思い。もっと可愛いかったら、もっとスタイルが良かったら、もっと、もっと。。。無い物ねだりの毎日。それでも、好きな人がいるだけで毎日が楽しくて!ある時は、友達が作ったクッキーを自分でラッピングして、憧れの先輩に渡した(!)「ごめんなさい、先輩。あれは私が作ったのではなかったのです。でも、一緒に渡したタオルを使ってくれているのを見たときは、泣いて喜びました。」とても純粋な(?)10代だった。

エピソード10 (千葉・男)

女子と話ができるようになったのが、高校3年になってから。それまでは、話もできなかった。高校のとき好きな子に何も言えず、遠くから見ているばかり。気軽に女の子としゃべれるやつがうらやましかった。

エピソード11 (北海道・女)

高校3年生のとき、K君のことが好きでした。「パイロットになりたい」と言っていました。「小学生みたい…」でも、そんな少年ぽいところが好きでした。同じ大学に入り、二人でよくデートをしました。道庁の池で鯉に餌をやったり、大通公園を歩いたりお互いの夢を語り合っていました。そんなある日、私はとうとう切り出しました。「K君のこと好きなんだ。つきあってもらえる?」ちょっとした沈黙のあと「友達としてなら…」。とってもショックでした。自分だって、告白されたとき「友達なら」と言ったことがある。それは、言葉を選んだつもりだったけど
これ以上、悲しい言葉はないな、とそのとき初めて思いました。K君は、大学卒業後、航空大学校を受験しました。「合格しました」。その葉書が、最後です。今ごろ、どこかの空を、飛んでいるのかな…。

エピソード12 (北海道・男)

高校2年生のある日、小学校からの幼なじみの女性と付き合うことになりました。うれしくてたまりませんでした。でも、付き合う方法を知りません。学校が違うので、すれ違いばかり…。一度も会えず、別れました。結局、恋に恋していたのです。そのことに気づいたとき、別の女性の顔が頭に浮かびました。自分にとって一番大切な人はこの女性だ、と。美人ではありません。安心感があるのです。彼女の前では素直な自分がいるのです。「無償の愛」を知りました。打算も何もありません。ある日、彼女に言いました。「おまえは俺と付き合っているんだから、俺のことを大事にしなさい。」「でも、俺より先に付き合っている友達がたくさんいる。だから、そういう友達のことをもっと大事にしなさい。」「俺も友達もおまえのことが好きなんだ。だから、自分を一番大事にしなさい」と。彼女はうっすら涙を浮かべ、ニッコリして「うん」とうなずきました。こんなことを、正直な気持ちで言わせた彼女はすごい! と今でも思います。

エピソード13 (北海道・男)

4月4日の12時ちょうど、釧路行きの特急が出発した。中学教師を夢見ていた私ではあったが、必ずしも喜びいっぱいの出発ではなかった。出発の前日、2年間付き合っていた彼女と最後のデートをした。長い長い沈黙が続いた。会話は何もなかった。最後に私が発した言葉は「行ってきます」だった。彼女は何も答えず、下を向いていた。彼女は、1歳年下。彼女の夢は看護婦。1年後、地元の看護学校に入学した。3年後、国家試験合格者に彼女の名前を発見した。それから15年が経過した。私は4年間を釧路で過ごし、憧れの中学教師となった。不思議なことに、彼女は私が4年間を過ごした釧路で家族に囲まれながら、病院で働いているという。幸せ一杯の生活であろう。あれから1度も会ったことはない。「いつまでも一緒にいよう!」と誓った約束。今もこうして続いていていることに、人生の不思議を感じる。

エピソード14 (北海道・男)

高校3年の7月。受験生だというのに、頭の中は彼女のことでいっぱいだった。告白へ向けて、情報収集は怠りなかった。「付き合ってる男はいないらしい。」「お前のことが好きかもしれない。」友人達の言葉に勇気付けられ、彼女に告白した。結果、見事にふられた。「好きな人がいるから」と言われた。彼女が好きな人。顔がかっこよくて、スポーツ万能で、頭が良くて、ドラえもんに出てくる出来杉君のような、私が一番嫌いな男だった。帰り道、思いっきり自転車のペダルを漕いだ。土砂降りの雨だったが、かまわず漕いだ。ふられた惨めさ。いい加減な情報をくれた、あきれた友人達。それに乗ってしまった自分。彼女の好きな男が、よりによってあいつだなんて。雨だか、涙だか、鼻水だか、なんだかよくわからなかったが、とにかくペダルを漕いだ。家に着いたら、不思議と気持ちがすっきりしていた。いつもどおり、風呂に入り、メシを食べた。「これも青春かな」などと分かった風なことを思った。「今度、海に遊びに行こう。」いい加減な友人達に電話をした。本当は彼女と行きたかたのだけれども…。

エピソード15 (長野・男)

僕には、中学時代、親友がいた。同じクラスで、同じ部活動をやっていた。彼には、いろいろな悩み事を話した。しかし、1つだけ話せないことがあった。好きな女の子のことだった。僕が好きな子は、僕の親友と親しかった。彼女も、僕の親友に好意を持っていた。実のところ、僕も彼女のことが好きだった。でも、僕は、彼女に声をかけることができなかった。親友と彼女が親しくしているのを遠くから見ていることしかできなかった。そんな彼女と目が合うことあった。彼女の瞳に吸い込まれそうだった。僕の気持ちを見透かされているようで、ドキドキした。僕の方から目をそらした。いつからか、僕は彼女の方を見るのをやめた。一歩踏み出せなかった僕の初恋である。

エピソード16 (山口・女)

中2の時、1年1学期の中間テスト1番をとったという、A君と同じクラスになった。ガリ勉君かと思っていたら、気さくで優しい人だった。ルックスもよく、女子に憧れられるのも納得できた。私は好きにはならなかったけれど、「人間ができている」と思った。同級生を尊敬するという感覚を初めてもった。3年の時、A君が私のことを好きだと知った。つきあうことになったのだけれど、話もできなかったし、2人の毎日は何もかわらなかった。でも、私の毎日は変わった。「がんばらないと、おいて行かれる」尊敬するA君といつまでもつりあう自分でいたかったから、勉強も、部活も、何もかもがんばった。A君と話はできなかったれど、私は変わった。恋をしたから、ではなく、努力したから、私は変わった。尊敬する、憧れる人に追いつきたい、釣り合う自分になりたい。その気持ちが今も努力のエネルギー源だ。

エピソード17 (北海道・女)

「ひとめぼれ」を体験した。高校1年の4月のことだった。名前はMくん。笑顔のすてきな人だった。席替えで、隣の席になれたときは、うれしくてたまらなかった。数学の得意なMくんに勉強を教えてもらおうと思った。本当にわからない問題だと、「こんなのもできないのか」
と軽蔑されてしまうかもしれない。だから、難しい問題を予習してから質問したりした。毎日話ができる、それだけで幸せな毎日だった。
席替えがあり、あまり話もできなくなった。でも、ずっとMくんのことを思っていた。バレンタインに意を決して、チョコレートを贈った。「ありがとう」と笑顔で受け取ってくれた。数日後、手紙が来た。「気持ちはとってもうれしいけど、今、女の子とつき合う気はない」というものだった。それから別の子と付き合ったりもしたが、あまり楽しくはなかった。すぐに付き合いも終った。「なんとなく付き合う」ということは、いいものではないのだということを知った。友達には、「好きな人はもういないんだよね」なんて話していたが、心の底では、ずっとMくんのことが好きだった。高校生のときの恋は、私に「本当に好きな人とでなければ、付き合ってはいけない」ということを教えてくれた。Mくんのことが吹っ切れたのは大学入学後。またまた「ひとめぼれ」をした。それが今の夫だ。大学を卒業したある日のこと。高校時代の友人に、Mくんと同じ職場に勤めた人がいた。その友人が電話をくれた。「Mくんが言ってたよ。高校時代、あなたと付き合えばよかったって、今でも思うって」高校時代の私に聞かせてあげたいなあ、と思った。

エピソード18 (岩手・女)

高校2年生の時でした。私が通っていた学校は「進学校」でした。中学時代は常に1番で、「天才」ではないかとうぬぼれていた自分も、
ここでは「ただの人」でした。「『1番』である自分は偉いんだ」という思いこみの間違いに気がつき、それまでの優越感がガラガラと音を立てて崩れていきました。その代わりに私の心の中を支配したのは劣等感でした。暗い気持ちの毎日でしたが、クラスの中に何となく心を許せる人がいました。斜め後ろに座っているI君です。すぅっと背が高くて、髪にはウェーブがかかっている、ちょっと陰のある人です。
あまり友達のいなかった私ですが、I君とはたわいもない話が出来たのでした。I君は、ちょっと欠席がちでした。「また休んだのかぁ。どうしたのかなぁ。」気にしつつも、夏休み、そして2学期です。突然、I君はプッツリと学校に来なくなってしまいました。「どうしたのだろう…。」と思い、私は電話しました。「休んで何してるの?」「友達とバイク乗ったりしてるんだ。」「みんな心配してるよ。学校来て。」「……。」んな会話が何度となく繰り返されました。ある時、電話して、同じように「学校来て」と言うと、彼は、「人は皆一人で単座飛行機を操縦しているようなものさ。どんなに分かり合おうとしたって決して理解し合えることはない。近づこうとすればするほどお互いが危険になるだけさ」と言いました。言い返そうと思いましたが、「そんなことはない…」としか言えませんでした。彼は、「小さな親切大きなお世話。もう電話するな」と言って電話を切ってしまいました。劣等感は相変わらず、そして好きな人の力にもなれなかったという挫折感を抱いたまま、私は年月を重ね、大学3年生になっていました。大学3年生の私には、やはり好きな人がいましたが、なんだかうまくいっていませんでした。心のすれ違いが続く中、I君のことを思い出すようになりました。「I君に会いたいなぁ。」そんなことを口にした二日後、ナント、I君から電話がかかってきたのです。会うことになりました。ドキドキしました。I君、どんな風になっているんだろう。…。I君は、国家公務員になっていました。高校2年生を3回、5年かかって高校を卒業したのです。「私の電話で嫌な思いをさせた?」「いや、あのときの俺は夢を見ていたんだ。」彼は笑って答えました。そのときの私は「魔法」が解けたような感じでした。「想いは通じる」ということが確信できた瞬間であり、それまで抱えていた挫折感が消え去った瞬間でもありました。その後I君とは1回会ったきりです。でも、私は、彼と会えたことで自分の人生を明るく肯定出来るようになりました。人生って不思議だな。そう思いました。

エピソード19 (岩手・女)

高3の夏。気になるクラスメートに電話をしました。これをきっかけに、以前よりもよく話をするようになりました。受験のこと、学校のこと、いろんな話をよくしました。同じクラスだったのに、話をするのは電話でした。2日に1回ぐらいの割合で互いに電話しあいました。当時の私は下宿生。下宿先の電話はピンクの公衆電話。私の財布の中にはいつも10円玉がぎっしり入っていました。100円分の10円玉で30分話をするのが楽しみでした。放課後、一緒に帰ることも増えました。私の下宿先は、学校の門から歩いて5分の距離。その道のりをゆっくりゆっくり時間をかけて2人で歩きました。ときには、回り道をしたときもありました。2日1度の30分間の電話。放課後の短いデート。高校生の私には、それがとっても幸せに感じていた瞬間でした。もしあの頃、携帯電話があったらと思うときがあります。でも携帯がなかったからこそ、2人で過ごし時間を大切にできたんだと思います。

エピソード20 (北海道・男)

高校1年生のとき、恋をした。相手は、高校3年生。2つ年上の先輩。住んでいるところも、学校もお互い、ずいぶん離れていた。「付き合おうか」と、向こうから言われた。なんで2つも下の自分がいいんだろう。からかわれているんじゃないかと、何度も疑った。でも、飛び上がるほど、嬉しかった。夜、自分の部屋に電話を引っぱっては、とりとめのない話を何時間もした。手紙をもらっては、ああでもないこうでもないと頭をひねりながら、返事を書いた。楽しかったし、すごく幸せな時間だった。秋が過ぎ、冬になり、やがて私には彼女以外にも力を入れたいものができた。部活にかける時間が延びた。新しい友達と話す機会も増えた。生徒会役員の仕事も魅力的だった。いつしか、彼女とは疎遠になった。彼女は卒業し、やがて隣町へと就職していった。私は会いに行くことはしなかった。それがよかったのかどうか、正直、今もよくわからない。


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