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TOSSランドNo: 7925724 更新:2013年01月01日

自然災害の予防と復興


 5年社会科の「災害からくらしを守る」の単元に関連した授業。平成17年3月20日午前10時53分に起きた「福岡西方沖地震」では震源地に近く、大きな被害を受けた福岡市西区玄界島。この島の防災体制と地震からの復興を取り上げ、学習した子どもたちが住む地域に防災モデル・まちづくりモデルとして学ぶことにつながるのではないかと考え、授業化する。(TOSS福岡ML推奨)

授業コンテンツをご希望の方は中田幸介までご連絡ください。スマートノートブックにて作成しています。(容量があります)

説明1:

1.福岡西方沖地震の写真

説明1
 今から6年前(平成17年3月20日午前10時53分)。
 福岡で大きな地震がありました。
 福岡西方沖地震です。
 この地震で最も大きな被害を受けたのが、玄界島という震源地の近くに浮かぶ小さな島でした。

説明2:

2.玄界島の概要

説明2
 この島はみんなが寄り添うように生活する漁師の島でした。
 島の日本海側は荒波と強風で人が住めません。
 博多湾に面した土地に家を建て、集落内の道路がほぼすべて階段(がんぎ段)という独特なものでありました。

説明3:

3.被害状況

説明3
 この地震で全部で214戸ある家のほとんどが壊れてしまいました。
 (全壊107戸、半壊 46戸 7割以上)
 全島民はその日の内に福岡市中央区へ避難しました。

発問1:

発問1
 こんな小さな島で大きな地震があったとき、どんな困ったことがあると思いますか。予想してノートに書いてごらん。

 (予想例 ①山が崩れる ②救援物資が届かない ③消防車が来ない など)
 火事が出た場合は、それを取り上げて次へ進む。出ない場合は、「火事も困るよね」と言って進める。

説明4:

説明4
 火事はこわいですよね。
 阪神・淡路大震災では285件(7483棟)、東日本大震災では324件(1都10県)起きたと言われています。

発問2:

発問2
 では、玄界島ではこの地震で何件火事があったと思いますか。
 家は全部で200軒くらいです。

 (予想を発表。それを基準に多いか少ないかを聞く)

説明5:

4.玄界島の防災体制
説明5
 実は0件。1件も起きなかったのです。

発問3:

発問3
 なぜ0件だったのか、その理由について考えてみましょう。
 漁師の島なので、昼間男の人はほとんどいないのです。
 だれが、火事を防ぐために働いたと思いますか。
 男の人たちがいないことを想定して、働いてくれた人たちがいたのです。

 (予想例 ①お年寄り など)

説明6:

説明6
 島の女性たち、そして島に住む中学生です。

 地震が起こったとき、中学生たちは各家をまわって
①ガスの元栓締め
②ブレーカー落とし
をしました。
 建物はたくさん壊れましたが、火事は一件も起きなかったのです。

キーワード

 読みます。
 「地域の助け合い」
 みんなで力を合わせて、自分たちにできることをしたために、被害を最小にとどめることができました。

説明7:

5.地震からの復興

説明7
 もう1つ力を合わせたことがあります。
 建物がほとんど壊れ、そのまま住むのは危険ということで、福岡市中央区の体育館などに全員避難しました。
 子どもたちも福岡市内の小学校に通っていました。

 さて、残された壊れた家をどうするか。みんなで考えました。
 このまま同じところに建てても同じように地震が来たら、また壊れてしまうのではないか。

発問4:

 そして、示された方法がこれです。
 ①集落全体の家の解体
 ②住み慣れた土地の造成し直し
発問4
  みなさんなら、賛成ですか。反対ですか。

 (賛成、反対の理由も聞く)
 理由を聞くことで、ミニ討論が起こる。

説明8:

説明8
 玄界島の人たちは、阪神淡路大震災で被害を受け、立ち上がった地区を視察しました。
 (まちづくり協議会の会長、中島克元氏の言葉)
 そこの会長の言葉です。
 「地域住民の心が1つになることです。」
 この言葉を受け、島の復興に取り組みました。
 島の人たちは、元通りにするのではなく、まったく新しい「しまづくり」を選んだのです。

説明9:

説明9
 ①斜面で家が壊れやすいところには、家を建てず階段にしました。エレベーター付きの建物も作りました。
 ②車が通れないくらいせまい道路を広げる工事をして、車が入れるようにしました。
 ③たくさんの人が住める集合住宅も造りました。

説明10:

説明10
 地震の被害を受け、家を全部解体し、土地をきれいに作り直して、新しい「しまづくり」が完成しました。
 全島民が避難してから3年。
 島に住民の声がもどってきました。

説明11:

説明11
 島の人たちの合い言葉「ピンチをチャンスに」
 小さい島で大変なこともあったけれど、
 知恵を出し合い、災害を防ぎ、安全安心な新しい「しまづくり」をしたのです。
 私たちも身近にできることを考えていきましょう。

【主な参考文献】
○TOSS東日本大震災復興会議レポート集
○玄界島震災復興記録誌(福岡市)
○平成20年版 福岡県西方沖地震記録誌
○よみがえった震災地-玄界島-(池田硯氏 奈良大学紀要)
○福岡県西方沖地震で被災した玄界島の被害と復興の教訓(高橋和雄氏 長崎大学)
○東日本大震災における地震火災の全体様相と注目すべき特徴(関沢愛氏 東京理科大学)
○消防防災博物館(http://www.bousaihaku.com/cgi-bin/hp/index.cgi)


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