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TOSSランドNo: 2192693 更新:2012年12月31日

あきらめちゃ、いけないんだよね~土屋竜一さんの生き方に学ぶ~


1. 授業の主張
不治の難病と闘いながらもシンガーソングライターとして活躍していた土屋竜一さん。
病気が進行し、気管切開の手術をし、声を失うが、
今の自分にできることは何かを常に求め、
あきらめずに生きている土屋竜一さんの生き方を子どもたちに伝えていきたい。

2. 土屋竜一さんについて
長野県佐久市出身。10歳のときに進行性筋ジストロフィーと診断される。
徐々に筋肉が萎縮し始め、高校生のときには車いす生活に。
病状が進行するにつれて、全面介助が必要になり、在宅生活を送る。
1994年、呼吸不全に陥り、気管を切開したことにより、声を失う。
以後、人工呼吸器での生活を送る。
しかし、スピーキングバルブにより、一定時間、声を再び出すことができるようになる。
結婚をして2児の父親。唯一動く指先でパソコンで操作し、
IT関連の企業の社員として在宅勤務をしている。
1993年、土屋竜一さんのコンサートが長野県小諸市で開かれた。
そのコンサートを見に行ったのが初めての出会い。
優しい歌声が今でもよみがえってくる。

説明1:

みんなは、今12歳です。20歳までの命と言われたらどんなふうにあと8年過ごしますか。
(曲を流す)
歌っていたのは、
この人です。土屋竜一さん。小さいときから歌うことが好きでした。

説明2:

10歳のときに進行性筋ジストロフィーという病気にかかりました。
全身の筋肉がおとろえて、最後には体が動かなくなる病気で、一生治らない難病です。
そのときの余命20歳。

数人に感想を聞く。

説明3:

高校卒業後、作詞、作曲しながら各地でコンサートをしていました。
しかし、10周年記念のコンサート直前、筋肉の委縮は、いよいよのどにまできました。
このままでは呼吸ができなくなる。治すには気管を切開するしかありませんでした。
しかし、この手術をすると、あるものが失われます。

発問1:

何だと思いますか。

数人に聞く。

発問2:

「声が失われる。」
竜一さんも悩みました。しかし、あるときスピーキングバルプの存在を教えてもらいます。
これをつけると少しですがしゃべれるようになる。
そして、手術を受けることにしました。

発問3:

でも、最初は、呼吸が苦しくて5分もつけていられませんでした。
もう歌うことなどできません。 
竜一さん、手術をしてよかったと思ったでしょうか。

数名に聞く。

説明4:

1年後の竜一さんです。
(映像を流す)

指示1:

感想をノートに書きなさい。
(数名指名する)

44歳。2人の子どものパパになりました。
病気は進行して今は指1本動かすのが精いっぱいです。
そんな竜一さん。こんなことを言っています。
(映像)

指示2:

竜一さんの言葉です。
「体は、動かないけれど、心には大きな翼がついている。
 目的を見つけ、最大限の努力でそれを、目指す、それが僕にとって一番の生き方であるということ。」

指示3:

感想を書きなさい。

<参考文献> 
「出会いはたからもの」 土屋竜一氏 
「神様からの贈り物」 土屋竜一氏
信濃毎日新聞 1999年7月16日発行 記事
讀賣新聞 1999年7月18日発行 記事
音楽家・土屋竜一 HP


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